Tessey Ueno's blog

古楽系弦楽器を演奏する上野哲生のブログ。 近況や音楽の話だけでなく、政治や趣味の話題まで、極めて個人的なブログ。

上野哲生:PROFILE
プサルテリー、サントゥール、リュート、サズ、など、様々な古楽系(中東系)撥弦楽器を得意とする。ロバの音楽座、カテリーナ古楽合奏団の主要メンバー。
個人のレーベルMAGI RecordからCD、楽器の音も聴けます。Facebookはこちら
​趣味の動画等もご覧下さい!

北海道室蘭栄高校時代の同級生で、同じ合唱部、同じ音楽を目指す者として勝手にライバル視していた友人の板東寛之君。
彼は修学旅行で魅せられた古都の寺社仏閣を撮り続け、仏塔と古都の春秋風景の撮影に全力で取り組んでいる。今回、六本木にある東京ミッドタウン ミッドタウン・ウエストのFUJIFILM PHOTO SALONで「塔を巡る」という写真展を開いた。
その彼が生涯魅せられた塔=日本の五重塔の正体を知りたくて、写真展に行った。

板東-写真展
五重塔と言えば、梅原猛の「隠された十字架」の法隆寺の聖徳太子鎮魂説をひたすら背負ってきた程度の知識が無く、法隆寺の塔の中を見たことはなかったので(これは今日理由が解ったが)、五重塔自体の不思議や魅力について深掘りはしてこなかった。
今日、彼は30分に渡り、自分の撮った日本にある五重塔の解説をしながら、その魅力、そこにあるごパワー、秘められた歴史、その入門扉全てを凝縮して話された。

板東君
まず知らなかったのは五重塔は五階建てで天守に上ればさぞ眺めが良いものと勘違いしていたが、中は言わば太陽の塔や提灯と同じ空洞なのだ。それぞれの階?は床が無いのだから、修理の時以外人は登れない。当然中には入れない。
そして塔の上に立つ心柱(しんばしら)は回転灯籠のように(回転はしないが)上と下のみが塔との接点で、他は塔に触れていない。耐久性に強いヒノキやケヤキで作られる事が多く、この構造と相まって、耐震には驚くほど強いらしい。塔はもちろん仏教の伝来と共に中国を経て朝鮮半島を経て、姿を変えて日本に伝搬したのだが、どうもこのスタイルは日本にしかないらしい。

板東室生寺

心柱の上は鉄を使っている。だから一番の天敵は雷で、火災で焼けることが多いらしい。それでも木造建築なのに日本に60塔ほど残っているらしい。仏のご加護か、運も良いのかも知れない。
何の目的で塔があるのか。下から「地・水・火・風・空」を表していることは知識としてあったが、四重塔や六重塔は存在しないらしい。奇数は「陽(能動)」、偶数は「陰(受動)」と言われているらしい。
板東-瑠璃光寺
ここから先は僕の推測でしかないが、僕はどうも素数がすでに理解されていたのではないかと思っている。2,3,5,7,11,13,17…これらの数の妙を知っていたギリシャの学問がすでにシルクロードを経て日本にもたらされていたと勝手に思う。ピタゴラス教団のマークは五芒星だし、ゾロアスター教の聖数は7だし。まあ、こじつけにしか感じないかもしれないが。(安倍晴明と五芒星についてこのBLOGの↓のリンクへ)
五重塔を写真に収めるのは庇が長いため日中は影が出来やすい。普通に写すと真っ黒になる。夕方や日の光の角度を考えなければ良い写真は撮れないらしい。全ての写真はこれが一番良いショットだというのが、話を聞くと改めてそうかと思うところが多かった。これらの写真は塔が永遠に保たれるように、塔の写真のスタンダードとして残っていくに違いないと思った。
板東-備中国分寺

東京は29日まで、富士フイルムフォトサロン 大阪=2026年2月13日(金)~2月19日(木) 富士フイルムフォトサロン 名古屋=2026年2月27日(金)~3月5日(木)
お話しも非常に面白かった。興味のある方はぜひ足を運んでいた炊きたい。

拙著「初めての和の音楽」で歌舞伎のこともいくらか触れたが、奥が深い歌舞伎の世界はまだまだ知らないことだらけだ。
今年1月3日の9:30〜のマツコの知らない世界で、「玉三郎が語る歌舞伎の女形の世界」が放送された。情報7daysを毎週予約していたのでたまたま録れていたこの番組、始めからTverで全部を見ることができた。オカマ(マツコ)と女形(玉三郎)という非常に興味深いトークで、知識としてもバラエティ番組としてもとても面白かった。

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玉三郎さんとカテリーナ古楽合奏団は縁があって、1987年、玉三郎さん初演出の「ロミオとジュリエット」で、カテリーナは楽師として一ヶ月間出演した。真田広之さんを始めこの時の役者のそうそうたる面子が凄かった。因みにシェイクスピアの台本にも楽師の台詞があり、がりゅうさんと僕が一言ずつ喋った。
カテリーナロミオセピア

この時、玉三郎さんの凄いと思ったのは、役者の顔色から音楽にまで全て神経を注いでいるところだ。サックバット(トロンボーンの前身の楽器)が少し音程が低かったのか、「サクーバッ、音程が悪いよ!」と言う指摘があった。古楽器の名前まで知っていて、その役割まで細かくチェックしている。
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番組を観てもらえば解るのだが、その女形全ての所作や舞の拘りだけでなく、胡弓を弾かせても箏を弾かせても超一流なのだ。それは天からの授り物だけではない、絶え間ない磨き上げの賜なのだ。大谷が投手と打者を掛持って凄いけれど、さすが人間国宝のレベルはそれを凌駕する。全てが舞台の肥しになっている。

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tama-koto
ただ、玉三郎さんは努力という言葉が嫌いだそうだ。そこは共感できる。ひたすらその役を演じるためのプロセスを遂行しているに過ぎない。殆どが楽屋の中の生活で共演者とも食事も殆どしないし遊びにも行かない。だから楽屋の中が楽しくないと気分が良くないということで、自分のすきな高価なペルシャ絨毯や一点物の化粧道具や衣裳で満載されている。
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「何でペルシャ絨毯?」とマツコが聞くと、
「だって僕たちの芸能はシルクロードから来ているでしょ!」
今回、これを言いたくて、つい長々と書いてしまった。当に玉三郎さんはここをちゃんと押えているのだ。「祇園祭の山車」の様に、これらの唐草模様は日本人の中に自然に染わたっている。

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中国経由で来た猿楽から能になり、歌舞伎になっていく。そんな文化の流れを体感してこそ、玉三郎さんの芸はあるのだろう。
「初めての和の音楽」も日本文化のペルシャルーツ、僕はその事を書きたいだけの本だったと言って過言ではない。
番組でも言うように女が女性を演じるより、男が観た理想の女像を演じる方がより客観的で細部までを表現できるのかもしれない。
玉三郎さんの凄さなんかはこの場でとても言うに足らない。番組の面白さも含めて、Tverならしばらく観られるので、観てない方はぜひご覧頂きたい。

​本年もどうぞよろしくお願いします。
今年の動画年賀が出来ております。↑AI動画も使っています。短いですが、ご覧下さい。


昨年はロバの音楽座44周年を迎え、6月に阿佐ヶ谷で記念コンサートを催しました。
また栄誉ある久留島武彦賞を受賞しました。
11月には狭山公園で「ススキと光のハーモニー」と題しまして、ロバの音楽座の企画で,様々なアーティストやパフォーマーが集い、世界の何処にもないようなフェスが開催されました。
ロバの音楽座は今年、チリンとドロンと共に「ガランピーな音楽会」と題した作品を東京都内を中心に10箇所で公演が予定されています。詳細はロバハウスのスケジュールページへ→

哲生は今年 2月7日  朝8:00~BS東テレの「おんがく交差点」に出演し、プサルテリーをsoloで演奏します。ぜひご覧下さい。

ススキの音楽フェスから帰った後、たまたま、NHK知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の「ヒトはなぜ音楽を愛するのか」と言う番組をやっていた。僕にとって非常にタイムリーで面白い番組だった。
研究者によると、ネアンダルタールが滅びて、ホモサピエンスが生き残ったのは、「音楽があったためではないか」という、(仮説だが)その可能性もあるという事だ。
確かに脳も身体も大きく、力の強いネアンダルタールが滅び、能も身体も小さいホモサピエンスが生き残った一つの理由はコミュニケーション能力だと、つまり力を合わせたり、人同士が共同体として何かを成しえる力があったためだ生き残ってきたと言われて来た。その人のつながりに大きな役割を果すのが音楽だという事だ。
別な言い方をすれば、音楽が無ければホモサピエンスは生残れなかった。今の人類にとって、音楽は不可欠なものだった。
番組の中で様々な研究者の実験結果を示している。リズム自体は生まれたての赤ん坊でもリズム周期の予測する力を持っていて、リズムが途切れた瞬間脳に明らかな影響がある。つまりホモサピエンスは生れながらにしてリズムを感じる力を備えている。それは人類に近いチンパンジーでも見られない事だという。一部の鳥類や動物などでは見られる場合があるらしいが。
我々音楽を生業とする人間は,今までさんざん社会の危機には音楽は役に立たない、詩などのメッセージがないと伝わらない、などとあたかも音楽など無駄だと言われてきた。
ダーウィンは著書の中で「(音楽は)人類が授かった特質の中で、最も謎めいた行為の一つとして位置付けざるを得ない」と、音楽が何の役に立つのか訳がわからんと言わんばかりだ。
でも最近の研究で音楽が脳に影響する力は明らかで、痴呆症の治療に音楽が活用されていて、イギリスの殆ど夫婦で会話も出来なくなった人が、若い頃好きだったビートルズを歌うと、歌詞も全て思いだし、明らかに前頭葉に影響を及している。なんか10年後の自分を見ているようだ。
番組の実験では人の大好きな音楽は多感な10代から20代前半の時期に聞いたものが例外なく上げられると、これも自分もまさに当てはまると言ったところで興味深い。
番組ではポリリズム、協会の残響のメリスマ、リズムは共通だがメロディは民族それぞれ異なる、等のテーマを、よくもまあ78分の番組に収まったと言うほど濃い内容だった。
特に西洋音階と不協和音階を比べて、好みは世界共通ではないと言う結論は的を得たりと思った。タモリも言っていた「我々は西洋音楽に慣れすぎているからな」
僕の見解では音階の好みが共通なら言葉というものも音程やニュアンスは同じになると思う。でも英語の「yes」と「はい」では音程が違う。ざっくり言えば英語全般は完全5度、日本語は完全4度の系譜にあたると思う。実はこれは学生時代、日本語のオペラを作ろうと思ったとき、随分と調べた結果だった。
兎にも角にも非常に見応えのある音楽の力を科学的にも実証的にもバラエティとしてもわかりやすく作られた番組だった。
再放送はあるかも知れないので、あったらぜひご覧頂きたい。
NHKをぶっ壊すとか言う人もいるし、オールドメディアとか言われているけれど,こういう番組を作れるのはNHKしかないと思った。


人はなぜ音楽を愛するのか

番組ではアフリカのバカという民族のポリリズムが紹介されていた。普通音楽は揃って歌ったりするものだが、バカの歌は全員がバラバラでそこが素晴しい。音楽は揃っていて気持のいい人種と、バラバラで気持のいい人種が居る。
自分の事を思えば最も好きな合唱曲がリゲッティの「ルクスエテルナ」で、自分も大学時代の僕の合唱も16人いれば16声部を作るのが当り前のようにやった。オケのヴァイオリンパートもプルト分の声部をモアレのように作った。それらは全部書込みであっても西洋音楽の世界では殆ど受入れられなかった。
今でこそユニゾンの良さは理解するが、自由合唱とか複合リズムとか、耳で聴いて「これはどうなっているんだろう」と感じるものがたまらなく好き。

それでもオケは書いたとおりにやってくれるので、「題名のない音楽会」で山下洋輔トリオと「砂山」のオケのアレンジを任されたとき、前奏の2分は砂山のテーマを本当にプルトごとに譜面化にして第一ヴァイオリンだけで12パートに分けた。それぞれが違うタイミングで「うみはあらーうーみー」をオケ全体で60段譜を使い、バラバラに演った。この時は山下さんも黛敏郎さんも「面白い」と言ってくれた。テーマはパート単位に戻したが。
同じ頃、20面の箏とオケの作品を委嘱され書きましたが、この時も20面バラバラの譜面を作りましたが、依頼主に「これでは音楽にならない」と却下され、箏は十三弦を含め4パートになってしまった。僕にとっては20面を使う意味が無くなってがっかりした。
それでも声明のズレの世界を模したり、追分や尺八30人で奏でるヘテロフォニー、ライリーのインC、ライヒのズレの音楽に傾倒し、自分なりに色々試しましたが、そのバラバラが何で良いのか説明する言葉を持っていないため、今回のような番組を観てくれたならそんな説明が要らなかったのかなと思った。
ゆっくり説明できるときには、例えば数十名のリコーダーによる曲を作ったときは要素はすっきりして、リコーダーのパートごとに一つの旋律を自分の時間で好きなときに吹くという事もやったが、ある時からみんなユニゾンになってしまう、それが西洋的な凝り固まりなのか?
西洋音楽に限らず、日本の音楽教育はバッハや検校に始るのではなく、太古の、人と音楽の関わりから始めれば良いのにとずっと思っている。
結論に達しなくても人間にとっての音楽の意味から考えないと、我々のように他と違った楽器を演る人間が、知らない人にとって珍しい楽器だけで終ってしまう懸念があるのです。

確かに熊の被害は交通事故の何百分の一かもしれない。自殺やワクチン接種で亡くなる人の方が問題かも知れない。
だが、ある土地に限定した狭い地域で起こる確率の高さは一気に上がる。そこに住む人にとっては大問題だ。
うちの妻の実家も秋田県湯沢市で、母親の事で実家に一泊でも帰らなければならない。家の近くを何度か熊が出現し、ニュースでも大騒ぎになった、立てこもった場所からもとても近い。

とにかく家の中でも安心できない恐怖は、まるでホラー映画で観ている方が「ああ、そっちに行っちゃあだめだ」と言う状況に追い込まれている様なものだ。
秋田県は人口が減って行き、消滅県と言われているから、いづれ熊の数が人の数より多くなる日が来るだろう。それに拍車をかけている様な一連の報道。
言葉の通じない熊と交渉出来ないなら、これは戦争になっていく。日本もそうやって開戦に突入していったのかも知れない。
亡くなった秋田の獣医である義父がよく言っていた。
「人が手を入れて作った山の木は、手入れをしないで放っておくと山は荒れて、今にとんでもないことになる。」
その言葉が、今は予言のように聞こえる。

「おんがく交差点」では、プサルテリーの即興性を聴いて頂けると思いますが、テレビ収録となると、なかなか時間内に即興を収めるのも難しいものでした。
僕が自身で一番気に入っているプサルテリーの即興を、イメージ映像を付けてお聴かせしたいと思います。この「やさしい風」と題した曲はCD「琴霊」に収録されています。

古楽を演奏する身であっても、僕個人の中でハードロックの元祖とも呼ばれるレッド・ツェッペリンの影響は外せない。キース・エマーソンやピンクフロイドがクラシック音楽への影響があるとすれば、ツェッペリンとクリームは古楽や民族音楽に通じるドローンやモード即興音楽の強い影響がある。
話題の映画「レッド.ツェッペリン:ビカミング」を観て来た。これはあくまでもノンフィクションで、ツェッペリンに興味のない人には面白ろいのかどうか、僕にとっては知っていたようで、知らない事だらけだったのを思い知らされた。

ツェッペリン1
ただ、2時間余りの映画の中でその全てを表せるものでもなく、解りやすくビートルズで言えば最初の映画までのサクセスストーリーしか描いてない。3枚目のアルバム以降は出てこない。有名な「カシミール」や「天国の階段」は、また別の話なのだ。
思えばツェッペリンを知ったのは高校2年頃で、「胸いっぱいの愛を」がラジオで流れたのを聴き逃さなかった。それまでのR&B的バンドやビートルズ的なサウンドでもない、全く新しい音楽だった。当時はドローンをワンコードと認識していたが、その限られた音ベースの上で和音進行に支配されず、自由に即興で遊んでいるのだ。ボーカルの即興に絡んでギターが合いの手の様に寄り添い即興を入れる。今思えば民謡歌手と尺八の関係だ。
元祖ハードロックと言われたツェッペリンは、実のところアコスティックギターを多用し、調弦もシタールやサズに近い、それに絡めてマンドリンなど、開放弦でドローンを出しやすい調弦を良く使った。後になってトルコのアシーク(サズを使って歌う吟遊詩人)音楽を聴いた時、まるでツェッペリンそのものだと思った。彼らは間違いなく中東からインドの音楽を聴いて影響を受けていると思った。このエッセンスが青年期の僕の音楽形成に受け継がれたと思っている。つまりは古楽に囚われる理由となっていると思った。
ツェッペリン2

映画はメンバーの現在のインタビューで昔を振りかえり進んでいくが、この映画で改めて認識させられたのは、ギターのジミー、ボーカルのロバートの凄さは当然なのだが、ベースのジョンポールジョーンズと、ドラムのジョンボーナムが、如何にツェッペリンになくてはならない存在だったのか、もちろんある程度わかっていた事だが、それがこの映画でよく伝わる。
ジョンポールジョーンズはベーシストとして括るのは勿体ない存在だ。キーボードだけでなく、すでにアレンジャーとしても相当活躍した人で、この世代でよく知っているのはルルの「いつも心に太陽を」は彼のアレンジだ。
音楽一家に育ち、その数えきれない程の楽器リストにはピアノ、オルガン、マンドリン、リュート、リコーダー、ハーディガーディ等の我々にとってお馴染みのものもある。ジミーと共に、ローリングストーンズ、ドノバン、有名なのはシャリーバッシーのゴールドフィンガーの録音にも参加したり、すでにツェッペリンに加わる前から活躍していた。
映画を観るまで、ジミーの引き出しの多さがツェッペリンのサウンドを作っていると思われたが、半分は彼の音楽の見識と世界観の広さが大きく影響しているのは間違いない。
対してドラムのジョンボーナム=ボナムはこの映画で判ったが、ロバートと同じくそこまで仕事に充実したミュージシャンではなかった。音が大き過ぎて演奏を断られたり、不毛の音楽生活をしていた。
ボーナムのドラミングは唯一無二のものて、ツェッペリン結成以降は一流のミュージシャン達から一気に注目の的となったが、それ以前は鳴かず飛ばずだった。まさに他の3人と出会って、まるで水を得た魚のように暴れ出した。彼のキックはロックそのものの代名詞のように語られた。
ロバートも同様、企画外れの歌はなかなか受け入れられなかった。彼の場合は生活も大変で、住む場所もなかった。色んな紆余曲折があり、ジミーとプラントが出会い意気投合するのだが、合わなかったら音楽を捨ててしまったかもしれない。
ジミーペイジについて、今更語るべき事はないが、ヤードバーズに在籍していただけで三大ギタリストなんて言われ、クラプトンやベックとやたらテクニック面で比較され、やりにくかったと思わざるを得ないが、彼ほどクリエイティブなギタリストはいないと思う。オープンドローンチューニング、ギターを弓で擦るなんて事だけでなく、彼のギターリフはどれも印象的で忘れられない。ほんの3秒くらいで聴き手の心を掴んでしまう。

ツェッペリン3
彼らの成功はイギリスのプロデューサーに頼らず、自分のスタジオを郊外に作り、マルチレコーダーで完成品をいきなりアトランティックレコードに持込んだ。アーティストのことを良く知らないプロデューサーに引っかき回されるのが嫌だったのだ。
とにかく徹底的に時間をかけて録音とダビングを繰返し、納得の行くまで全てを出し切った。それぞれは元々幾つかのバンドを掛持ったり、スタジオミュージシャンの仕事をしていたが、4人で音を出した瞬間、全てを捨ててこれで生きて行こうと思った。ジョーンズもある程度アレンジやスタジオで名を馳せ稼いでいたが、全てをやめてこれに打込んだ。奥さんを説得させるのに大変だったという。とにかく無名でも彼らはこれが自分たちの生きる道だと確信した。
最初はなかなか本国で売れなかったが、アメリカツアーで爆発的に人気が出て、1年かかって英国で大絶賛となった。彼らの場合は音に関しては徹底的に他人の手が入っていない、それが他に真似できないサウンドを作ったことになる。
映画はそれ以降の話は無いが、1980年、絶頂期にツェッペリンは解散する。ドラムのボナムが突然死したのだ。死因は前日多量の飲酒をし、吐瀉物を喉に詰まらせての窒息死ということだった。メンバーは落胆し、その年の終りに解散に至った。
当時、僕はそれを聴いて、ジミーやロバートならまだしも、ドラマーなら代りの務まる人は居るのではと思った。しかし今思えばボナムに変るドラマーはいなかったろう。
ローリングストーン誌が選ぶ史上最も偉大などラマーに、ジンジャーベイカーやキースムーンを押えて一位になっている。まあそんなことはツェッペリンにとってグループの事の方が重大な事だった。
ツェッペリンは4人の歯車はどれも欠けてはいけなかった。奇才ジミーに、即興歌歌いのロバート、何でも音楽を形づくるジョン、そしてあの独特の迫力とキックとグルーブを持つボナムが居て、ツェッペリンは成立っていた。誰がかけてもいけなかった。
このロック感覚は、セッションを組替えるジャズとは大きく違うところだ。
そして4人が誰一人欠けてはいけないという感覚は、ビートルズにも無かったことなのだ。

ツェッペリン4
1994年になってペイジとロバートはモロッコやエジプトのミュージシャンとライブを行っている。まさにダルブッカやケマンチェを始め中東の楽器とのセッションだったが、昔、トルコの音楽に影響を受けたと言う僕の説はこれによって証明された様な気がした。

ロバの音楽座が1960年制定 第63回久留島武彦文化賞を受賞しました。
久留島武彦さんは「日本のアンデルセン」と呼ばれ、多くの人々に親しまれる形で童話と教育を広めた方です。
この文化賞は、青少年文化の向上と普及に貢献した人および団体に送られる賞だそうです。
44年にしてこのような賞をいただけたこと 感謝します。
ロバが王子になったような気持ち・・・・
いやロバはこれからもロバなりに精進します。

久留島武彦賞の歴代の受賞者はこちらに載っています。

久留島武彦


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今年の8月、テレ東の音楽番組「おんがく交差点」に、がりゅうさんのクルムホルンがフィーチャーされ、カテリーナ古楽合奏団で出演しましたが、今度は上野が単独でプサルテリーで出演します。

放送予定は2026年の2月7日(土)朝8:00〜BSテレ東です。今日、収録が終わり、情報公開可となりました(曲目と写真のみ、内容・感想は公開日まで語れません)。
中世ルネサンスの曲を取り混ぜ、冬のイメージで即興で繋いだプサルテリーのソロと、大谷さんのバイオリンとのコラボは、僕のオリジナルの「胡蝶の夢」です。
内容はお楽しみですが、ぜひご覧ください。

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最近のネットの傾向だが、欧米諸国に違わず、「分断」が進んでいる。
単に意見が違い、そこを話し合い解決できる状態なら解るのだが、ほぼ誹謗中傷のなすり合いだ。
ちょっと前までは右傾化側の外国人排除、それに対するヘイト、論理的でない中傷が目立っていたが、最近では左傾化側の誹謗中傷も激しくなって来ている。
石破茂の進退問題。神戸市伊東市市長問題。外国人受入れ問題。夫婦別姓、女系天皇、マイナン問題、高市早苗総理問題、日本人ファースト問題。
南京虐殺、従軍慰安婦、台湾問題、戦争責任、憲法改正、靖国参拝、ロシアウクライナ戦争、パレスチナ国家承認、原発問題、分断している事はまだまだある。
当事者は死活問題だが、それを支持する第三者は絶対こうであるべき論を展開する。いや、万物全ての出来事に対して絶対と言う事は存在しないだろう。
もちろんアドバンテージが傾いている事柄もあるが、車の事故だって100%片方だけが悪いと言う事にはならない。
起こってしまった出来事は全てが微妙なバランスで、責任や価値観、正義は揺れ動くものだ。
だからこそ冷静に話し合えば良いのだが、一度分断が起きてしまうと互いの顔が見えない程の壁を作ってしまい、ヤジの飛ばし合いになる。特にネットの多くは顔が見えていない。
右傾も左傾も近頃はバカだウザい、だけでなく「気持ち悪い」「あいつは〇〇生まれだ」などと容姿や出生まで中傷しだす。「お前のかーちゃんでべそ」的なレベルの差別だ。
僕自身を例にとると、例えば「戦争」について。
もちろん戦争は武器を持つことすら反対だし、日本の責任は大いにあると思っているが、日本の前の戦争が100%軍部や政府の責任かと言うと、原因はそれだけでは無いと思っている。
米国のシナリオ、アジア情勢、加えて国民世論が根底にある。結局は真珠湾開戦を始動するのも分断から起きている。
綿密な議論と推論をすり合わせた結果では無い。問答無用が結局戦争を導くと思っている。
加えて空襲や原爆まで落されて、100%責任を負わされるのもどうも納得が行かない。ただ80年前に過ぎてしまったことは限られた証拠しかなく、証言も視点によって180度違う事もあるし、全て推測の域を出ない。
物事には是が非かだけでなく「中庸」と言う観念がある。釈迦は「二辺を避けよ」と、「極端は良くない」と言ってる。つまり、YES、No、の対立で割りきる感覚でなく、「中庸」を知っていたからだと思っている。論語やアリストテレスには出てくるが、YES、No、ではっきりしている西洋人には分かりにくい感覚だ。(釈迦は「中道」と言う概念で、「中庸」とは少し意味が違うが、ここでは同じ方向と考えたい)
まず最初に結論を決めてしまうのではなく、こっちだろうなと思いつつ、反対側を覗いて見る必要がある。互いに考えている事の本質が解らなければ、極端に走り、トドのつまりはヘイトか暴力で解決しようとしてしまう。これこそ戦争の始りだ。
この辺りは中庸を知る東洋人であるなら、右も左ももう少し考えてほしいものだが…。

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