Tessey Ueno's blog

古楽系弦楽器を演奏する上野哲生のブログ。 近況や音楽の話だけでなく、政治や趣味の話題まで、極めて個人的なブログ。

上野哲生:PROFILE
プサルテリー、サントゥール、リュート、サズ、など、様々な古楽系(中東系)撥弦楽器を得意とする。ロバの音楽座、カテリーナ古楽合奏団の主要メンバー。
個人のレーベルMAGI RecordからCD、楽器の音も聴けます。Facebookはこちら
​趣味の動画等もご覧下さい!

夏に鰻を食うという土用の丑の風習は、夏に流行らない鰻屋を儲けさせるために平賀源内が考え出した妙案だが、その呪いは300年経った今でも日本経済に多大な影響を与えている。僕もその呪いにかかってしまい、今頃の時期一度は食べないと調子が上がらない。
国立市には「うなちゃん」「信川円」など有名どころの鰻屋はあるが、小学校時代を大阪で過した僕は、今年こそ蒸さずに焼く関西風の鰻を食べたかった。
休みのうちに大阪万博を観に行くと言う口実で、心斎橋で「まむし」を食べる旅行をしようかと思っていたくらいだ(暑いから多分やらない)。
調べてみると意外にも近くに蒸さずに焼く関西風の鰻の店があった。西国分寺駅近くの「ひらやま」という店だ。

平山
うな重 梅:1900円 竹:2700円 松:3500円 と値段は他の店とそう変らないが、この店の目玉として高尾山盛り:5450円というのがある。松が鰻1尾分だが高尾山盛りは2尾分あり、大阪の「まむし」のようにご飯の中ではなく、2尾が所狭しと山盛りになっている。
ここは人気店で飛込みで行ったら予約でいっぱいで、2組目で待っていたけれど1時間以上待たされた。
ここまで待ったのならと高尾山盛りを頼んだ。一尾の松が3500円なのに二尾の高尾盛りが倍ではない、5450円だからかなりお得感がある。血糖値が高めで注意しているから、ご飯は少なめにしてもらった。
ここは他に「ひつまぶし」も人気があり、コースで飲み放題を付けて居座る人も多く、お客さんの回転はとても悪い。行くなら予約は必須だと思う。
さてその高尾山盛り、さすがに普通の大きさの重箱にひしめき合うように鰻が重なっている。インパクトが凄い。愛知県西尾市産の鰻だが、久々の関西風は皮がパリッとして中は柔らかく、少しタレは甘めだが。まさに求めていた大阪の味で美味しかった。
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小さな吸物は付いてくるが、肝吸や漬物はトッピングで頼まないと付かない。次回は肝吸やひつまぶしも食べてみたい。色んなコースもあるようだ。必ず予約をして行った方が良い。
気になる体重は昨日と変らなかった。鰻二尾でも魚料理の方が、焼肉屋で満腹になるよりヘルシーなんだと思う。
ご馳走様でした。

大成功のうちに終った「ロバの音楽座44周年=ロバ祭という音楽会」はあの阿佐ヶ谷ザムザで、フーちゃん、チリンとドロン、そして本当にロバの好きな人たちが集り、素晴しい祝祭になったと思います。
その6月7・8日の前日に同じ会場で、もう一つのドラマがありました。同じ会場で、橋本フサヨさんことロバ君のぜんぷくトリオとご一緒した「ああわれわれは猫である」公演です。トリオと言ってもフサヨさんと鈴木秀城さんの2人マイム芝居。それにロバ5名が音楽として加わり、マイムの面白さを200%出した、めちゃくちゃ面白い1時間20分(くらいかな?)の出来事でした。

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この時の監修というか、演出的なアドバイザーが鄭 義信(チョン・ウィシン)さんでした。鄭さんは黒テント出身の劇作家、脚本家、演出家で、演劇界では唐十郎が牽引してきたアングラ演劇を継承し、それを発展させていく役割を担ってきました。また自作の戯曲で「焼肉ドラゴン」などの映画監督も務め、日本アカデミー賞も受賞しています。彼のアドバイスの中でぜんぷくトリオの芝居も音楽を含めてその場でどんどん作り替えられていくことになり、とんでもなく面白い作品となりました。この作品は11月の狭山公園でのフェス、「花と光のムーブメント狭山公園」で演る予定です。詳しくはまたお知らせします。鄭さんにロバも気に入られ、何かご一緒する機会があるかも知れません。
そんな流れで、鄭さん作・演出の「泣くロミオ怒るジュリエット」を観に行きました。ロミオが桐山照史、ジュリエットが柄本時生、という、そう女が一人も居ない、男しか出ないのです。舞台は大阪で笑いの要素も多いと聞いていたので、「男だけのバレエ・白鳥の湖」みたいなものをイメージしていましたが、それはまるで違うものでした。笑わせるところはしつこいくらいに笑わせますが、底辺に流れているテーマは民族、差別、分断、戦争、そんなものがより身近なものとして伝わってきます。

確かにモンタギューとキャピレットはヤクザの抗争のようで、こうしてみると戦争はなぜ起るかが見えてくる。これほどまでロミオとジュリエットの本質を剔った描き方は今まで無かったように思えます。そう考えるとそんな要素を内在させたシェークスピアは凄い、いやそれを引出した鄭さんはもっと凄いと思います。
舞台は色というものをほぼ排除し、♀を排除し、貧困と借金に追われ、暴力と怪我が絶えない日常、そんな中で僅かに灯った愛を成りたせることが如何に過酷なことか、いやむしろ悲劇しか生まない。
不器用で吃音のロミオ、田舎娘のジュリエット、義足のティボルト、片腕のロベルト、虚勢のマキューショー、バカボンに出て来そうな警官、イタリアのベローナの人々のような華やかさは一切無く、すべて生き方として不器用で、世界はこの街しかないと思っているような狭い視野の人々。そんなキャラがぶつかり合い、もめ事を起し、愛し合い、滅びる。ああ、まるで現代社会の縮図のようなこの大阪のベローナの街。そんな中でも誰もがどこかに希望を抱いている。

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3時間半(途中20分の休憩)の激しい熱演は、暫し昔観た李麗仙秘演会の「愛の乞食」を彷彿させる様だったけれど、一つ一つの所作や間合、ツッコミ、非常に洗練されていたと思います。すこしねちっこいけど、動き全てが先の予想を超えて来るのが長丁場の芝居でも飽きることはなかったです。次はどんな構図、フォーメーションで来るのだろうという、常に期待して観てしまう。特に八嶋智人さんの演技は予想を遥かに超えていって素晴しかったです。

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本人はそう思っていないだろうけど、蜷川さんでも無い、唐さんでも無い、演出って言うのはこうやるんだよって観せられたような気もしました。

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アンコールでスタンディングオペレーションがほぼ同時に一斉に起ったのですが、どうもジャニーズ系(桐山照史)の舞台の暗黙のルールとして何回目で立つというのがあるようですね。知らなかった。

僕には5人の妻がいる。5人とも正妻だ。最近6人目の正妻を迎えた。6人目はまだ迎えてから2年しか経っていない、新婚だ。
どの妻もとても可愛いくてとてもチャーミングだ。それぞれの得意な事は限られているし、全く性格が違うので、誰かの代わりは務まらない。役割分担はとても上手くできているし、互いに嫉妬する事もない。
最初の妻は西欧の血を引く、日本生まれの来たプサルテリゥーム、通称プサルテリーと呼んでいる。とても優雅で繊細だ。指でどこを弾いてもとても純粋で透明な、決して肉感的にならない人間離れした響きを発する。

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2番目の妻は生粋のトルコ生まれのサズ。正式な名前はバーラマと言う。プサルテリーとうって変わってとてもキレが良くシャープでとてもリズミカルだ。激しく情熱的にもなるし、大草原や砂漠など地平線に沈む陽が似合うようだ。

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3番目の妻は西欧、特に英仏伊で人気の高いリュート。日本生まれだが、とても気位が高く、気難しいところがあるが、プサルテリーと比べるともっと肉感的で温かみがある。ふくよかな低音と伸びのある高音が魅力的だ。

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4番目の妻はイランから来たサントゥール。2本の鉢で弦を叩くのだが、それは繊細なものからアジタート(決然とした)な音まで多様な美しさと香りと個性を醸し出す。後にピアノに変わっていく楽器なだけに、ダイナミクスとサスティーン(余韻)、繊細なトレモロが持ち味だ。

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実は最初の妻を娶る前に実は妻を一人亡くしている。英国の血を引き日本で生まれたシターンだ。40年くらい前には最もよく良く弾いた。小柄だが、サズと同様リズミカルで爽やかに響き、プサルテリーと同様その頃を共に歩み、一つのスタイルを作って来た。ただ、ドローン弦を作っていたため様々な調性に対応出来ず、次のリュートに変わって行った。時代が経つにつれて響板も凹み音はビビつくようになり、第一線から消えていった。構ってもらえなくなると途端に機嫌が悪くなり、あらゆるところが破損していった。ついに響板は割れて自ら命を絶つ結果となってしまった。
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スチール弦で高音の伸びが良かったが、その役割は5番目の妻のジュラに変わった。ザズの兄弟でとても小柄で機動性があり、様々な調性に対応出来た。
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妻たちの寿命は短いので、プサルテリーは3人目、サズに至っては5人目、サントゥールは3人目、リュートもジュラも 3人目、常に若返りをしている。
若い方が良いかと言うと、見た目は新しくて良いが、特にプサルテリーやリュートの様な響板に薄いスプルースを使ったものは(日本での産みの親は同じだが)、初々しい頃はなかなか良く響いてくれないが、なぜか5年くらい経っと本当にキラキラした豊かな音色に変貌する。当初は慣れて来ただけかと思ったが、やはり熟れた魅力を醸し出す様になって来ている。
正妻同士は仲が良く嫉妬したりしないが、同じ兄弟同士の嫉妬は激しい。新しい妻が来て、そちらを構ってばかりいると、途端に機嫌が悪くなり響かなくなる。調弦もすぐ狂うし、嫌がらせとしか思えない様な仕方のない音色を出す。
今回こんな話をするキッカケとなったのも、新しいリュートに代ってからずっと構ってあげられなかった先代のリュートが、自殺をしてしまったからだ。管理も悪かった所為もあるが、響板に直付けになっているブリッジが剥がれ、全部の弦が完全に外れてしまった。これはもう個人のレベルではどうにもならない。産みの親の所で直してもらうかなのだが、(元々楽器の値段は西欧ベースと中東ベースではかなり差があるのだが)修理費はおそらく新しいサズが買えてしまう。値段を価値とするなら正妻たちの価格はかなり不平等にできている。もちろん楽器の値段で音色が決まるわけではない。
みんな寿命は長くはない。扱いも丁寧でない事もあるが、僕の要求が時に激しい事も多く、物にもよるが15年を超えると音が良くても楽器自体が傷だらけになって来る。響板の剥がれ、割れなどが頻度を増してくる。だったら古いものを大事に直しながら使うことより、次の世代にバトンタッチしていく事も大事な事だ。冷たいと思われるだろうが、結局一人で愛でるだけの妻たちではないので、それを聴いてもらい多くの人たちとの世界観を共有させると言う大きな務めがある。それが偏らないためにそれぞれ役割の違う妻たちがいるわけだ。
最初に話した通り、最近6人目の妻、アラビアからやって来たガタイの大きなウードが加わった。
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低い音で他の妻たちにはない肉感的で、情熱的で、官能的な面もある。口笛や歌と同じ様にフレットが無いから音と音の間を自由に飛回ることができる。最近ウードをフィーチャーした映像動画を作った。ぜひその音色をじっくり聴いて頂きたい。https://youtu.be/lSQ38Z0DEnE?si=yewE5u3Y_S-onIds
この役割の妻は初めてではない。同郷の出身でラウタと言う、もう少し音の高い愛人がいた。この人とは今もたまに逢っているが、ウードに比べるとやや線が細く、それはそれで良いところはあるが、出番は減ってしまった。たまに弾くだけなのに、あまり機嫌が悪くならず、クールな関係を保っている。
他にイラン系の三味線の先祖、セタール。響板部分が皮で出来ているタール。正妻では無い愛人だが、どれも個性的で唯一無二の世界観がある。
不謹慎にもこんな美しい妻たちを侍らせて、一人だけを選べなかったかと言うと、どの妻も万能ではないからた。
例えばヴァイオリンやピアノだと一人で色んな表現が出来てしまい、ある意味万能と言える。ならヴァイオリンやピアノで良いではないかと言うだろうが、それぞれの正妻たちの個性の豊かさは比べものにはならない。
コンサート中、例えば瞑想的なプログラムしかしないとか、激しい即興のみで終わるとか、単一な色合いなら一人で充分だろう。だが、一つの世界だけでは満足出来ないのは,色んな色彩、色んな世界、色んな表現をしたいからだ。
今後、生きているうちに妻の数はまた増えるかもしれない。でも正妻達はいつも可愛がっているから、いつもいい音で鳴いてくれる。自分が自分であり続けられるのはこの妻たちが居るお陰だ。

久々に動画をアップします。ウードをフィーチャーした映像動画です。
古代人の彼らが未来をどんな世界にしたかったか、思いを馳せ作りました。伴奏は前から温めて、ウードは即興一発録りです。オリエントの彼らが日本に来たかもしれない、そんな和の要素も取入れています。

何だろう、只々もの凄いものを観てしまった気がする。
役者が演じる舞にしてはあまりに素晴らしい舞で、それを捉えるカメラワークがまた凄い。そこに被さる音楽が重く突き刺さり、その後の静けさに来る鼓や能管、和の掛け声が絶妙の間合いで入って来る。
舞台自体を映画化するにこれほどの臨場感と息づかいが伝わって来るのは、今まで経験したことがない。まさにこの映画自体が国宝と呼ぶに相応しい気がした。
玉三郎さんをモデルとしているのかなと思うところもあるけれど、そこは殆ど重要ではない。ストーリーは歌舞伎界にありがちなとても単純で、それだけ表現に集中できる。
サントゥールを岩崎和音さんが弾いていると言うので楽しみにしていたが、色んな音に紛れてサントゥールを弾く僕でさえ判りにくかった。もっと素のままの音を聴きたかったが、それも考えた上での効果なんだろう。それでもこう言った仕事に参加できるのは羨ましい限りだ。
3時間と言う長い時間があっという間に過ぎていき、うちの奥方も思わず「もう一度観たい」と言わしめてしまった。そんな映画を一度は体験して欲しい気がします。


国宝

ネタニヤフは頭を悪魔に侵され、脳には蛆が湧いている。人類がどうなって行くかなど知ったこっちゃない。アラブやイランだけでなく、イスラエルやアメリカ、世界中の誰も得をしない。
朝ドラじゃないけれど「この戦争さえなかったら....」だよね。国の平和、家族の平和、個人の表現、舞台も音楽も料理も文学もなんもかんも無に帰してしまう。それを脳裏に描けない奴はやはり人間ではなくなってしまった。
ヤハウェもアラーも黙って見ていないで、早く天誅を下してほしい。

どうも一国の首相という生き物は、自分の立場が傾きだすと、戦争を仕掛ける傾向にあると思う。
クリントンが浮気がバレて支持率が下がった時、リビアにミサイルを撃って支持率を戻した事を思い出す。
政治学者=高橋和夫さんによるとネタニアフ政権もイスラエル国内での立場は良くないらしい。こういう時に国外の敵に向かって戦争を仕掛けると団結心が生まれ、支持率が上がる。
結局、個人的な保身のために何万もの人の命や文化が破壊される。
こんな事をやっているからテロリストは次から次へと生まれてくるわけで、自国民を危険に晒すネタを作っているに過ぎない。負の連鎖はやがて地球を滅ぼすだろう。個人の保身と言う引き金で。
僕に余るほどのお金があれば、ゴルゴ13を雇いたいと思ってしまう。

アメリカ政府とはこれ以上付き合っても何の徳にもならない。いっそのこと国交を断絶してしまうのはどうだろう。
イラクの時も核兵器を持っているとか、何だかんだいちゃもんつけて、結局く国を滅ぼしてしまった。朝鮮半島もベトナムも似たような手口だ。今まさにイランをそのようにしようとしている。特にイランは何の言われもなく攻撃されている。
アメリカのゴッドファーザーは、強力な軍事力を背景に、特に何をやっても許されると思っている。こう言う暴力組織にはなるべく近づかない方が平和に暮らせると思う。対抗して武器を増やしたりすればする程、ロクな未来にはならない気がする。

ワニの脳みそ程度の思考力のないトランプと、臆病すぎて周りの動くものを全て殺してしまうヒトラーの再来、ネタミヤフ、最恐のノータリンコンビはやがて世界中のテロリストの餌食になるのだろう。

自分たちが言うのも何ですが、お客さんの反応や感想を聞く限り、間違いなくロバの音楽座の最高のコンサートだったと思います。
見返してみると、本当に44年間が凝縮された、ベストなプログラムだったと思いました。
毎日この子屋で同じ構成で、ずっとやり続けたいと思いました。でもまたロバハウスでやれたらとも思います。
ロバの音楽座44周年
44ロバ祭チラシ1s
44ロバ祭チラシ2s


谷川俊太郎さんのお別れの会に招待され、行ってきました。
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(まず驚いたのは、遺影の写真はロバハウスで撮ったものです。)

帝国ホテル富士の間で、ロバからはもちろんがりゅうさんも招待されていました。
千人入る富士の間にかなりの人がごった返しでした。
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詩人のお別れの会らしく、スピーチに詩を読む人も多く、特にお孫さんの(92年生まれの)最も大事な谷川さんの詩、初めて孫ができた時、その子がお婆さんになるまでを見据えた詩の朗読には涙を誘いました。
最後は録音された谷川さんの読む「さよならは仮の言葉」、そして最後はやはり「二十億光年の孤独」、これに賢作さんのピアノが入り、本当に俊太郎さんが宇宙に旅立って行く光景が見えた様でした。
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何よりなのは、遺影の写真を始め、スライドに映し出された多くの写真はロバハウスでの写真や、ロバハウスライブの時の写真がかなり多かったです。
遺影を含め、いつも谷川さんの写真を撮っている深堀瑞穂さんと話しましたが、ロバとのひと時が一番リラックスしていたと言っていました。打ち上げの時も僕らが肩肘張って話す芸術論も、面白がって楽しそうに見ていたとの事でした。

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ハーディガーディを弾く俊太郎さん
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ロバハウスライブにて
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ロバハウスライブにて
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賢作さんとがりゅうさん

ロバと関わった事で谷川さんと関われた事は、僕にとって宝の様な出来事でした。死についても「ちょっと怖いけど楽しみ」と言うほど、物の見方、想像力の巨人だと思います。ある意味、お坊さんの説法以上に色々考えされられたり、新しい発見を気付かされたり、その辺りが誰からも愛される所だと思います。

君たちはどう生きるか3

色々「難解だ」「モヤモヤした気分だ」などと言われた、宮崎駿の最新作「君たちはどう生きるか」。劇場で見逃したが、今回ようやくテレビ放映があり、その全容を観ることができた。
予想を裏切って素晴しかった。僕が知る限り宮崎映画の最高峰だと思っている。
確かにストーリーや、作者はなにを言いたかったとか、そんな目で観ればさっぱり解らない。僕は吉野源三郎氏の著書は読んだことはないが、たぶん同タイトルの本とは殆ど関係ないと推測できる。映画は「どう生きるか」がテーマでなく、非現実世界か空想か夢の世界をアドベンチャーしている訳で、どちらかと言えば「どう死と向き合うか」に近いと思う。
この映画に子どもの共感を得る要素はないかも知れない。少なくともエンターティナーではない。ただ僕は直感的になに何かを感じれる子どもなら充分に面白く観られる作品だと思う。その意味では「風立ちぬ」より解りやすいと思う。
つまりブニュエルやフェリーニの映画、ダリや岡本太郎の造形作品のように「なんじゃこりゃあ」と思うようなものを、「訳わからん」と切り捨てるか、「解らないけど面白い」と感じられるか、そんな感覚に近いような気がする。
ジブリ作品に宮崎監督以外の監督作品も多いが、ヒロインやキャラクターが似ていても宮崎作品の絵の動きやアングルは意外性だらけで予測が付かない。絵として面白いから次から次へと観ていて飽きることはない。主人公の着替え一つ観ていても飽きない。
君たちはどう生きるか2


アニメーション作家は結局、絵が命を持ちそれが絵の世界の中で感情を持ち、それが寄り集って物語が出来ることに最大の喜びを感じることだと思う。ただそれを完成させるためには途轍もなくお金がかかり、興行収入が必要で多くの人に共感をしてもらわなければならない。今回はそういう縛りから解き放たれ、本当に作りたいように自由に作った感が強い。
かと言って、果してそこまでわかりにくい作品なんだろうか?僕は大ざっぱに言ってしまえば「こころの冒険」だと思っている。現代は、と言うか大人の世界はお化けなんて存在しないし、神様も実在しない、超能力も霊も存在しないと多くは仮定しているけど、昔の人間や子どもには森の中にものの怪がいたり、屋敷には幽霊や人外がいて呪われたり、悪い事をすれば神様に祟られていた。そんな世界を映像化したものと思っている。
久石氏の音楽も心理とは別の観点から絵に入り込み、少ない音数で巧みに的確に背景を描いていたと思う。米津玄師のエンディングテーマは嫌いじゃあないんだけれど、ちょっと現実感が強くて、もう少し不思議な世界観の余韻が欲しかった。
映画のシーンとしては盛りだくさんで、2時間ちょっとの映画に無理やり詰込んだ感があるが、もう少し要素を減らしてじっくり観せられればもっと良いと思うのだが、それでも「千と千尋」より僕は面白いと思う。皆さんはどうでしょうか?
君たちはどう生きるか

フェリーニの「カサノバ」の公開時も賛否が起きました。「道」を観て共に感動した演劇を目指している友人と観に行きました。
友人は途中で怒り出しました。なんで「道」の様な映画を作る人がこんな映画を作るんだって。
僕は面白くてまた観に行った口なのですが、当時は僕が面白かった事を友人には伝えられなかったです。

それにしても凄いキャスティングでした。あのお婆さん達の一人一人にそこまでの凄いキャストが必要だったのかと言いたくなるほど。台詞も7人で割るとほとんど無いのに。エンターテイメントでない事をそう言ったところでカバーしたかったのでしょうか?
それにしてもあのお婆さんたちと、横たわった義母の姿は白雪姫と7人の小人を連想してしまうのは僕だけでしょうか?

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今日は毎年第一生命ホールで30年続続いている、山下洋輔ソロピアノコンサートに行ってきました。
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いやあ素晴らしかったです。80を超えたとはとても思えない演奏だと思います。
800席近いホール満員のお客様を前に、本当に自由に自分の弾きたい曲を好きな様に弾いているといった、トリオの頃のあの激しさを忘れてしまう様なロマンチックな選曲でした。

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3年前にも同じコンサートに来て何曲か同じ春のナンバーを聴きましたが、違ったアプローチで新鮮でした。柔らかく転がる様な音が束になって丸まってしなやかで、それが何重にも重なって、万華鏡でも観ている様な世界観がありました。特にアンコールの鳥の歌もとても良かったです。全体的に爽やかな春を感じました。
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終わってから洋輔さんにもお会いしたかったですが、さすがにこの人数では無理と悟り、帰って来ました。昔(コロナ前)なら楽屋の前に行って逢えたのですが。
隅田川の桜が満開で綺麗だったです。良い一日となりました。
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