「平和」 について
僕が知る限り、平和な時代が200年以上続いた二つの時代がある。
中国の漢王朝と、日本の江戸時代だ。
漢王朝は紀元前202年、一平民の劉邦(高祖)が四面楚歌の強者=項羽を打ち破り、始皇帝が崩壊したあとの中国をまとめた。
前漢から後漢まで、およそ400年もの間国内は比較的安定していて、いわゆる漢文化を花開かせるゆとりの時代となる。
江戸時代は言わずと知れた徳川支配の太平時代だ。
基本的にはこの時代も戦乱の世から比べれば争いは多くなく、豊かで文化水準も高く、識字率も世界一と言われた。
この平和な時代が訪れるために何をしたかと言うと、劉邦は共に戦った仲間を徹底的に粛清した。
王の座をひっくり返すほどの強いものがいなくなれば、国は平穏を保てると言う論理だ。
徳川は豊臣秀頼に加担する勢力をことごとく潰し、貿易を禁じ、参勤交代や船の帆の制限をして、藩の力を弱めるシステムを作った。
平和の影にとてつもない暴力と脅威が存在して成り立っていた事は確かだ。
レーニンもポルポトも「平和」の看板を掲げ、多くの民を粛清した。
日本はアジアの「平和」を守るため、朝鮮、中国を制圧し、泥沼化して行った。戦争をしない公約を掲げたルーズベルトは日本に先に手を出させ、「平和」を脅かす者に対しての攻撃は国民に「戦争」参加の賛同を得た。
イスラエルは徹底的な武力を誇示する事で、アラブには手の出せない平和な国をつくろうとしている。
戦後の日本は確かに平和だった。
徳川のようなアメリカから守られていれば軍備を持たなくて良い。
その日本が戦後経済復興をして高度成長出来たのは、朝鮮戦争とベトナム戦争のおかげだ。
戦争をしなくても、近くでで物資を提供している方が、戦争をしている国よりはるかに儲かる。
平和のための代償はとても大きい。
誰だって平和を願っている。
僕だって今の日本がいつまでも平和であってほしいと思っている。
問題はどういう方法で平和を得るかと言う事だ。 どんなに平和を願っていても、自分の家族を目の前で殺されたりしたら平穏ではいられない。
愛情があるほど戦争になる可能性が高い。
今の北朝鮮の拉致被害者の家族の方々もそんな気持ちだろう。
パレスチナはもっと酷い状況で戦争すらさせてもらえない。
だからテロやゲリラとなっていく。
これからの時代は平和を願うだけではなく、誰もが納得して和を結ぶ具体的な方法を考えないといけない。
この方法を考える事は難しい事だが、お金にならないだけで、ニュートリノの検出や「ソフトレーザーイオン化法」の発見よりは簡単なのかも知れない。
加えて言うなら、今の日本をどうするか等、これだけ大学まで行って勉強している優秀な者が多いなら、真面目にそういった事に頭を使ってみたらどうだろう。
これから世界の食糧事情や、環境問題で争いは絶えないかも知れない。
アメリカがいくら徳川のように一方的な軍事力を持とうとも、これだけの人種差別と、戦争の火種を持ち過ぎている国に平和のリーダーシップなどはとても務まらない。
平和集会で「イマジン」を歌う事も大事だが、世界の経済や生産力までを見据えた具体性のある平和プロジェクトを起ち上げる者はいないのか?




