Tessey Ueno's blog

古楽系弦楽器を演奏する上野哲生のブログ。 近況や音楽の話だけでなく、政治や趣味の話題まで、極めて個人的なブログ。

上野哲生:PROFILE
プサルテリー、サントゥール、リュート、サズ、など、様々な古楽系(中東系)撥弦楽器を得意とする。ロバの音楽座、カテリーナ古楽合奏団の主要メンバー。
個人のレーベルMAGI RecordからCD、楽器の音も聴けます。Facebookはこちら
​趣味の動画等もご覧下さい!

カテリーナ古楽合奏団は昨年50周年を迎えました。そしてなんとCD「ドゥクチア」から30年ぶりにNewCDが出来ました。
マスタリングは1996年発売のCD「Ductia」と同じ、レコード業界では巨匠と呼ばれる田中三一氏が担当、28年ぶりの再会。音の本質を知る彼の魔法の粉が、カテリーナ古楽合奏団のそれぞれのオリジナルな息づかいと微妙に絡み合い見事に仕上がった。

録音:あだち麗三郎 マスタリング:田中三一 録音場所:ロバハウス デザイン・テキスト:松本雅隆

CD「Ductia」は田島征三氏の幼少期を描いた映画「絵の中の僕の村」の全編を飾り、ベルリン国際映画祭で銀熊賞受賞するなど話題を呼んだ。さてCD「祝祭」が人々の心の中に、そしてささやかな日々にどんな話題を巻き起こすのか 楽しみ。
CDは以下のページから購入可能。

まあ大河ドラマはフィクションだし、紫式部と清少納言が仲良くしているなんて嘘くさいと思っていたけれど、こんなに美しく「枕草子」の誕生を描けるなんて、しばし震えが止らなかった。
ドラマの中にやけに「史記」の話題が顔を出していたが、ここに「敷き」「四季」と駄洒落のように結びついて、定子を含めた三者の織りなす世界が、歴史を歪めてもなおも美しい。

理屈で説明しきれるものではないし、観ていない人には解りにくいだろうけど、どうもこのシーンは大河史上最高だと話題になっているらしい。そんなことを感じている日本人が沢山いるということは、何か救われるような気がする。
もっと書と古文を勉強しておきたかった。

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大河ドラマ史に残る名シーン、と言わずにはいられません。

小学校3年の教科書にロバの音楽座の「ハッピーソング」(詞:松本雅隆 曲:上野哲生)が載りました。教育芸術社のこの4月からの教科書で、なんと一番最初に載っている曲です。

この教科書を使っている学校がどのくらいいるのか解りませんが、少なくとも何十万人の子どもたちがこの曲を知ることになり、いつまでも歌い続けてもらい、ロバの音楽座の事ももっと知ってもらえると良いなと思います。

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高校2年の終わりに3年生を送る会にバンドで参加した写真が、卒業アルバムに載っていた。50年ぶりに見つけた。
当時エレキギターはグヤトーンのシャープファイブ(本当はフェンダーが欲しかったけど)。フルートがいるのでジェスロタルやハービーマンのナンバーをやった。
メンバーは右から民谷利通(Bass)、定村政裕(Drums)、後藤裕二(Flute)、上野哲生(Guit)

僕は高校2年から3年まで北九州在住、八幡高校に在籍していた。
この直後にクラシック専科の国立音楽大学に行くことになるので、180度違った生き方をすることになる。

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昨年開校式を行った那須塩原市の小中一貫校・箒根学園の新しい体育館がようやく完成し、校歌の校歌額が設置されました。(那須塩原市教育委員会の方から画像が送られて来ました)
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この学校がこの地に続く限り、この歌を歌い続けてくれるのかなあと、感慨深い気持になりました(不評でまた変ったりするかも知れませんが)。
昨年の開校式で、まだ覚えて間もない子どもたちの歌った校歌にオケ伴奏を乗せた動画をアップしています。まだお聴きでない方はぜひ。

「光の君」関連の第二弾です。
有名な安倍晴明が登場して操作系の魔術の様な事をやっていましたが、まあ、魔物をやっつけたり、式神を出したり、ノストラダムスの様な予言をやってのける、現代でもスーパーヒーローですから、なんだって出来ちゃいそうな人ですね。
実際の記録に残る彼の役人としての仕事は天体観測です。それに基づき暦を作り、星の運行から来る吉兆の予言、大安や仏滅など現代にも通じる占いの元を作り出しています。
安倍晴明が雅楽と関係していたという話は良く聞きます。具体的にどう関係しているかはよく解らず、色々ググってみましたが、大河ドラマ「光る君へ」の安倍晴明の陰陽道指導をしている高橋圭也さんという現代の陰陽道家の方の文が解りやすいです。

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【陰陽師の教科書であった「漢書律暦志」には「音楽は人間の邪心を祓いのけて、天の正しい働きをもたらす」とし、「陰陽五行説の十干十二支と音律との間には非常に密接な関係がある」とある。また古代中国・秦の宰相・呂不韋の「呂氏春秋」に「音楽は天地自然のハーモニーで、陰陽の気を調える」とある。】
と高橋さんはXに書いています。「漢書律暦志」には音楽の5度圏、12律と陰陽思想の関係も書かれていると思います。(解説本は1万円以上するので手は出ません。難しそうだし)
ここで気になったのは「音楽は天地自然のハーモニーで、陰陽の気を調える」って、これはどこかで聞いた文句です。清明の仕事の天体観測からハーモニー。
これはまさしくピタゴラスではないですか?
三平方の定理で有名なピタゴラスは全ては数が支配していると言い、宇宙の全てのものは数と音楽の法則に則って出来ており、これらは数学的な比率や音の振動によって表現されます。
振動数が3:2で出来る完全五度と4:3で出来る完全4度を7回積重ねたものが、西洋音楽の7音階となります。5回重ねればペンタトニックですが。
占星術はメソポタミア文明の古代バビロニアから発達していったと言うくらいに古くからあり、その文明文化は古代ペルシャにも繋がっています。
ピタゴラスは行方知れずの何年間かがあり、その間ペルシャに行って占星術、数学、音楽、その他多くの文明文化を学んだという説があります。元々善悪二元論も陰陽説の元になったという考え方もあります。楽器も色々生まれていたことでしょう。
ピタゴラスが日本に、なんて事は言いませんが、古代ペルシャの占星術、二元論、音楽論、その他の多くの発祥元はペルシャに有ったのではないでしょうか?
決定的にそう思う事があります。それは五芒星(ペンタグラム)です。
ご存じのように安倍晴明の家紋にもなっている五芒星は自然発生的に発見できるものとは思えません。これがピタゴラス教団のシンボルでもあるのです。

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バビロニアでは木星、水星、火星、土星、金星を表し、陰陽五行説では、木・火・土・金・水の5つの元素の働きを表していると言われます。

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ここからは空想の世界ですが、もともとバビロニア辺りで生まれた文化はペルシャが生まれる前か後かは解りませんが、何年もかかって古代中国にもたらされた可能性が高いと思います。また老荘の時代も相当古いですから、ピタゴラスのようにそこで学んで来た人が何人かいてもおかしくはないでしょう。
また呂不韋や始皇帝はソクド人(イラン系=サマルカンドを拠点とした)という説もあります。TVで始皇帝の作った兵馬俑を見たとき、どう見ても胡人(中央アジアから来た人たち)だと思いました。中国に元から根付いていた道教(老荘思想)と結びついて、陰陽思想が生まれたとも考えられます。
細かな証拠は挙げられませんが、日本は中国や朝鮮から来た文化のみで出来ている説が強いですが、実に多ジャンルに渡って世界と結びついていたんだという感覚が強くあります。

「光の君」が今年の大河ドラマで、恐らく紫式部と藤原道長を描くのだろうと想像する。自分の娘彰子を一条帝の妃にし帝の子を成したい道長の策で、当時すでに人気のあった「源氏物語」を書いている紫式部を呼び、彰子の教育係とした。

はじめ帝は年端もいかぬ彰子に対してさほど興味を示さず、一向に彰子の所に通う気配はなかったが、彰子の所には紫式部が居て「源氏物語」の執筆をしているわけで、それが気になり彰子の元へ顔を出す。

帝は初稿を誰よりも早く読める彰子の元に通うようになる。(これが道長の策なのか?)毎日少しずつ執筆をし途中で終っている。結局帝は続きを読みたくて毎日のように彰子の所に通うようになり、やがてめでたくお子が出来た。

 

「源氏物語」は夜伽噺である。光源氏は夜伽を催促するくらい女の添寝がないと眠れない体質を持つ。

書物としての「源氏物語」は帝に対する夜伽を彰子の変りに代筆した様なものだ。彰子から直接ではないにしてもお話しの面白いところで朝ドラのように「つづく」となる。お陰で帝は明日もこざるを得ない。

 

これで連想したのは「千夜一夜物語」のシェヘラザードだ。妻の浮気からの怒りで毎晩処女と結婚しては処刑するという王様から、愚行をやめさせるためにシェヘラザードが名乗を上げる。

シェヘラザードは王に面白い話しをさんざん聴かせて、夜が明けると突然話をやめてしまう。まさに「つづく」で終るのである。結局王はシェヘラザードを殺すどころか正妻として向える事となった。

 

「千夜一夜物語」はサーサーン朝ペルシャ(3世紀〜7世紀頃、現イラン)の話しで、道長はこの話しを知っていたのではないかと僕は考える。それは途方もない話しでも、お伽噺でもない。

 

何度かブログで話題にしたことがあるが、7世紀、イスラムの台頭でサーサーン朝ペルシャは滅ぼされ中国の長安に多くのペルシャ人が逃げてきた。長安の町は多くのペルシャ人でごった返したという話しもある。日本にもその流れがある。鑑真が連れてきた弟子の中にもペルシャ人の名前があるし、帰国する遣唐使の船に乗って何人も来ているし、今ここで詳しくは説明する場ではないので、調べたい人は調べて欲しい。

(↓話題は楽器の事だが個人ブログにその事に触れている)

http://blog.livedoor.jp/tessey49/archives/2018-11.html

 

シェヘラザードの様に殺されるかどうかの事態ではないにしても、子を成すかどうかは道長にとっても生きるか死ぬかくらいの大問題だ。文学を愛した道長の所には紫式部や和泉式部をはじめ日本文学の最高峰を自分の手の内に持ち、史記からインド・ペルシャまで混じった唐=世界の情報を集め、おそらく世界に恥じぬほどの文化水準を握りしめていたのだと思う。僕は当然のように道長は「千夜一夜物語」の概要を知っていたと思う。
 

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この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 虧(かけ)たることも なしと思へば

この傲慢とも取れる歌は単に娘たち3人を全て帝に嫁がせて満足じゃあと歌っているのではないと思う。その文化文学世界の情報それらを全て手にした、世の誰にも解らない自分の「知の宝物」に満足した歌ではないのか?

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今年全てのステージが終わった。ロバのクリスマスは全12ステージ。全て完売。面白いように同じプログラムなのに毎回全く違うステージになる。
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これは毎度開場時間にタイムスリップし、微妙に違った世界を新鮮に創り出し繰り返す。そう、これはきっとパラレルワールドに違いない!僕らはこの平和で幸せな光景を何度も何度もその時のみの出来事で体験し続けているのだろう。

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栃木県茂木町を拠点に活動するアマチュア演劇団体「もてぎde演劇を創る会」は、結成10周年を記念し、来年3月に茂木と益子で脚本・演出:江藤寛 作曲:上野哲生、ミュージカル「奇蹟(きせき)の朝に…」を再演する事となりました。
2019年に大田原と茂木で上演して大好評を得て以来5年ぶりの再演となります。キャストにプロも一部加わって歌と芝居に厚みを加えていますが、初めて舞台に立つ人も多いのです。それでも言いしれぬ感動があり、昨年の作品も茂木、益子などのホールで4ステージくらい演ったのですが、噂が噂を呼び昨年もほぼすべて満席になるほどでした。
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脚本も詞も音楽も評判が良く、自信を持ってお薦めできる作品です。初演時のプロモーションビデオもあります。ミュージカルの様子と懸ける熱が伝わります↓。
 

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今年も、我らがダンスマスター・松本更紗の出演する北とぴあ国際音楽祭の寺神戸さん(指揮&Violin)のバロックオペラを鑑賞した。今年は「レ・ポレアード」というジャン=フィリップ・ラモー最後の作品だ。
とにかく素晴しい舞台だった。練習時間と衣装、舞台道具、舞台照明等にもっとお金をかければ更なる完成度の高い舞台になったと思うが、昨今の音楽事情を考えればこれが日本の現段階で出来る最高の舞台だと思う。
毎年の事だが、ダンサーの踊りは語り尽くせないほど素晴しい。バロックオペラはストーリー自体は5分くらいで語れる程度の内容だが、大半は叙情詩の歌と踊りで出来ている。ロマン派のオペラのように叙事や説明が歌になるようなことは多くはない。演奏、歌、踊りが比重としておおよそ1:1:1くらいの割合である。休憩を入れた上演時間が全5幕 3時間15分と。ワーグナーほどでは無くてもヴェルディやプッチーニなどのオペラよりは長い。
とにかく、その3割近くを4人のダンサー(当時は4人とは限らない)の踊りが占めているわけだから、もの凄く大きな比重だ。それは単なる動きでは無く、それぞれの拍の中で、まるで鳥が短く弧を描いてジャンプして木に止るまでの加速減速が音の減衰にぴったり合っていて、それが何とも言えない優雅さを出しているのだと感じた。それはオイリュトミーが音を表現するより遙かに(技術があるからだろうが)空気の流れに従順で、より音楽を視覚化してくれる。
申訳ない言い方だが、合唱団が賢明にぎこちなく動きを付けているが、それと対比して見てしまう。(合唱団は歌は素晴しいので。)
オーケストラは最も大変な役割だ。ほぼ3時間落さずに演奏するだけでも奇跡のような事だ。ホルンはピストンのないナチュラル管でこの作品を演奏するには至難の業だ。それを理解していないと音が外れたとかそちらの方に耳が行く人が多いかもしれない。それはラモーの斬新さから来るものもあると思う。
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今回、ラモーの素晴しさも新たな発見だった。実は僕が大学時代に中村太郎先生に付いて和声学を習ったのはラモーの和声理論だった。現代において一般的な和声理論はモーツアルトの時代くらいのものだが、ラモーはほぼバッハと同じ時代だ。ハーモニーが理論化された最初のものと言って良いかもしれない。なぜハーモニーが自然の生まれたか、そう言った事から始ったと思うが、二十歳前の僕にとって課題をこなす素材でしか無く、このラモーを実際に聴こうとまで興味が無かった。ただ音程と言うものに重力が存在し、この重力が一度不協和に緊張状態になり、それの安定して収る方向に終息するという、全ての西洋音楽の構造を感じ取った意味は大きいと思っている。
実際にレ・ポレアードでは前の和音の音が残り次の拍で解決するという「掛留音」が多く使われていたと思う。出来るだけギリギリまで安定させない意図だろう。この掛留の具合とダンスの終止感が絶妙で、4人のダンサーは恐らくそれを感覚的に受け止めて、終止音とダンスの終止が絶妙の具合で合う。ここが今回の公演で最も素晴しいアンサンブルと感じた。
後、オーケストラで特徴的なのはロマン派以降によく使う、一番派手な部分でストリングスが細かく低い音から高い音まで一気に駆上がる(ジョン・ウイリアムスでT・レックスがいきなり目の前に現れるときの効果に使う)衝撃波が押寄せるような効果を多用していた。こう言った映画的な効果音の様な使い方はあまりバロック時代にはなかったと思う。
とにかく曲が斬新で面白いものが幾つも有った。特に一幕の最後のContredanseと言う曲は、まるでムソルグスキーの時代かと思われるような音程感で、非常に奇妙な音楽で気に入った。とにかく全体は予想を裏切るような展開を見せる曲が多く、音楽だけを聴いていても飽きない。
 
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ソプラノとテナーは直線的な声でハモると素晴しい響きをする箇所が幾つも有った。ただバリトンからバスにかけての歌手は少しヴィブラートが強く、3度でハモるところがよく解らないところがあったが、これがロマン派だと思うとこんなものかと思うが、もう少しヴィブラートを抑えた線の細い表現をして欲しいところも幾つかあった。まあこれだけオケが埋めるように音を出している中ではそのくらい吠えないと声が伝わらないのかも知れない。
レ・ポレアードは玄人受けする作品かと思っていたが、初めてバロックオペラを聴く方々も楽しめる作品と思った。バロック以前の中世ルネサンス音楽を演る者(僕)としてはあまりバロックに接する機会は多くないが、この3時間15分を体験した後でも、すぐにレ・ポレアードを配信ダウンロードして聴きなおすほどの、インパクトの有る作品だった。
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