護るものは家族だとして、熊が襲ってきたら身の回りの何か棒のようなもので戦うだろう。
銃を持った強盗が襲ってきたら、どうすれば危害を加えないか説得に尽力するだろう。
爆弾を投下する戦闘機が襲ってきたら、被害を最小限に抑えられる場所に逃げるだろう。
アメリカではこう言う時のために銃を持つ。
熊なら何とかやっつけられるかも知れない。
強盗は銃撃戦になればさらに家族を危険にさらすだろう。
戦闘機は銃ではどうにもならない。銃を持っていればかえって標的になる。
銃を持つなら相手より数段上のクラスの装備をしていないと平和な家庭は維持できない。相手が高性能の武器を持ってくるなら、常にその数段階上を行かなくては安心できないだろう。
そうやって世界最高水準の武器を持つ事が大事になってくる。武器を買うためマイホームに費やす何倍もの対価を払っていく。誰よりも高性能の武器を持っていれば舐められる事はない。ヤクザのバックボーンをちらつかせるのと同じで、気持が良いほど相手を威圧出来るだろう。
そうやっていくうちに、相手もそれを凌ぐ高性能で威力のドデカい武器を作る。こちらの武器を無力化するようなものも出来てくるかも知れない。さらに優れた高い武器を買わないと追いつかない。こうなってくると何が家庭の幸せなのか解らない。武器の借金に追われ、安全を金で買う事はキリが無い。結局力のあるヤッチャンにもう少し金のかからない方法で護ってもらう方法しかなくなる。リスクは高そうだが。
きっと国はそうやって作られていったのではないか?
国が武器を持つなら一番パワフルな武器を選ぶのが良いに決っている。核兵器を持つ事だ。お互いが使っちゃ行けない核を持つ事で、平和になれるというのが今の保有国の考え方だ。でも戦争になったら掟も何もなくなるのは今回の出来事でもよく解る。核は使っちゃあいけないというルールはどこにもない。ガードしているのは自国と世界の世論だけだ。
今、日本国民の多くはウクライナ情勢を踏まえて、憲法を変え防衛費を増やし先制攻撃も視野に入れる事に理解を示し始めている。やるなら防衛費を総生産の5割まで増強しなければ世界一強い国にならないだろう。ロシアどころかアメリカだって引くだろう。
もちろん国民の食料は全て配給制にするくらい統制をとらされるだろう。そこまで安全に保険をかけた国は本当に幸せなのかという問題だ。
僕が思うに、今防衛費をいくら増やしても、増えた分だけ相手の脅威であり、戦闘になる確率はあがると思う。先制攻撃をすれば遺恨が残り、結局いつ来るか解らない攻撃を前に安寧は訪れない。防衛費をどうのこうのと言う前に話合いの場を設ける事が先ではないのか?北朝鮮だって現政権に一度も政府は話合いの場を設けようとはしない。兵器の後ろ盾がないと交渉は出来ないのか?単にヘタレなのか?
独裁政治の国だって、民主主義国家だって、交渉の場を設けて、お互い仲良くする事だって出来るだろう。
確かに僕のは綺麗事だ。だけどその交渉の場を作る事にミサイル一台分以上のお金をかけているのか?ミサイル一台打てばそれで戦意を削ぐならまだしも、結局それで解決にはならない。相手が打ち返せばそれで地獄の始りだ。
結局相手の気持を考えず、武器を持ったり威嚇したり、煽るような事をすれば戦争になる。
今回のウクライナ侵攻がそれだ。結局ウクライナがNATOに入る事がどれだけロシアにとって嫌なことだか、解っていながらそれをやるから今回の事態になったと思う。国同士はそれぞれ自由な選択権があるわけだが、考え方が違っても話合いで共存できる方法はいくらでもあったろうに、ここまでこじれてしまうとお互い後戻りできない。
先制攻撃ではなく、いかに戦闘回避に持っていくか、話合い一つ出来なければそれはとても危険な状態になる。常に取引と落しどころを踏まえて交渉していかなければ、こんな前時代的な戦争は起らなかったろうに。
今回の戦争で誰も得をしないし、幸せになれない。儲るのは武器を渡しているアメリカで、兵器の見本市を現場で実践している。とにかく如何に戦争を回避して行くかが平和に幸せになれる方法で、武器をちらつかせながらの交渉はヤクザの抗争と同じで、結果血と血で洗う状態になるだろう。
もっとも安倍晋三を始め今の与党の多くが参加する日本会議は「主権在民」「基本的人権」「平和主義」を憲法から無くす考えがあるようだ。この辺りの方々はなかなか隣の国と仲良くやっていこうとする発想はなさそうだ。
僕個人の感覚ではもし交渉に失敗し、理不尽にも国を奪われる事態になっても、命あっての物種だと思っている。人一人の価値は国や地球よりも大きい。たとえ住慣れた土地を奪われるような事態があっても、誇りを奪われる事があっても(嫌だけど)、個人一人が生き延びる事がより良い未来の可能性を高めてくれるのではと思う。