Tessey Ueno's blog

古楽系弦楽器を演奏する上野哲生のブログ。 近況や音楽の話だけでなく、政治や趣味の話題まで、極めて個人的なブログ。

2023/10

太陽劇団の「金夢島」観ました☺️
前回日本に来た時の「堤防の上の鼓手」は文楽を生身でやるような演出でしたが、今回能や狂言、歌舞伎をはじめ、ありとあらゆる日本の文化を表現に取り入れた、美しく何か込み上げてくる様な感動がありました。
1人の療養中の女性がベッドの中で日本を想い妄想する、恐らく舞台はこの病室から一歩も出ていないのだろうが、その白日夢に現在の世界のあらゆる事が展開され、凝縮されています。
3時間15分と言う長い舞台だったけれど、バリ郊外の太陽劇団のアトリエで観た7時間には及ばないです。あの時は字幕も無しで派手な演出も無く、それでも伝わるものがありました。インドのガンジーやネールの芝居で休憩が1時間。インド人に扮した役者がカレーやナンを売っていた。主宰のムヌーシュキンさんがもぎりや案内をしていたのが印象的でした。
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今回この3時間越えの芝居が終わった後、特別に約1時間近く、ムヌーシュキンさん(今年84歳)を囲んだ交流会+この作品に思いと質疑応答がありました。実に8割のお客さんが帰らずに残って話しを聞きました。感想は皆素晴しい舞台でしたと言うのですが、なんか質問内容は「日本文化は雅楽などもあるけどそういったものは取入れないのか」とか「表現にあえて携帯電話をなぜ使うか」とか、通ぶった概念的な質問が多く、もっと太陽劇団自体の活動のことを聞きたいと思いました。
どれも答えに困るような内容が多く答えるのにとても時間がかかり、もう少し時間があれば僕だったら団員の音楽面の事を聞きたかったです。今回団員が歌う歌がどれも素晴しく、例えばビートルズの「ビコーズ」を3人の女性が生のヴィブラフォーンを伴奏に(ほぼアカペラのように)歌ったのですが、これが本当に演劇畑の人達のコーラスかと思う程精度の高い素晴しいものでした。またアラビア語の素晴しい歌や、日本の謡を真似たようなその歌唱力に驚かされ、この様な音楽的素養は元々持って劇団に入ったのか、また劇団に入ってから色々な経験を積むうちに身についたのか、そんなことを聞きたかったです。
今回、異常な量の各国の民族楽器等を持込んで演奏していた、音楽担当のジャン・ジャック・ルメートルの姿はありませんでした。劇に音を付ける彼の姿勢に自分を投影していたところもあります。それだけは残念でした。
うちの奥さんなどは「訳がわからない部分が多い」などといっていましたが、話しを追えば何でそこはそうなるのか解らない部分も多いと思います。まあ僕なんかは言いたかったこと、なぜそこにそうなるとか、そんなことより、「ああ、こう表してきたか?」「おお、こう来るか?」それとフランス語の台詞の綺麗なこと、そこに日本語が絡んでくる面白さ、ある意味取り合せの面白さがたまらない部分があります。
最後に能の舞を踊りながら、アメリカの古いスタンダードが流れ歌われますが、恐らく元の歌に団員達の下手だけど一生懸命に声を出して歌っているその歌が何とも始めて味わう化学反応で、なぜか泣けてきます。途中に一度歌われましたが、最後はこれで締めるかなと思っていましたが、それは見事的中しました。
カメラ禁止だけど、無断で撮った写真は舞台の様子とムヌーシュキンさんとの交流会の様子です。声も録りました。
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放送関係のスタジオ仕事ばかりのお知らせで申訳ないですが、今週日曜日から始るドラマ「セクシー田中さん」と言うドラマで演奏を頼まれ、Lavta、Saz、Santur、を弾いています。
 
昼はOL、夜はベリーダンサーに変身するというドラマらしく、ダンスの伴奏かと思いきやそれは本物のアラブ音楽奏者でやるそうです。こちらの音はどうやらペルシャ料理店の背景音楽に使われるらしいです。予想に反してジャズ風なフレーズが多かったです。音楽は日向萠さん。

ダルブッカと言う言葉が日常的に使われているのが、何とも可笑しい。
セクシー田中さん
 

10月14日公開の岩井俊二&音楽・小林武史による音楽映画「キリエのうた」の劇音楽に、中世の曲を2曲をリュートとプサルテリーで演奏で参加しています(一曲はviolに折原麻美さんが参加)。
10/18にはサントラも2枚組みで発売され、おそらく14,15トラックに演奏した曲が収録されます。多分試聴も出来るのではと思います。
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異色の歌手、アイナ・ジ・エンドが住所不定の路上シンガーを演じます。キリエは歌うことでしか〝声〟を出せない。 マネージャーを自称する、謎多き女イッコ。 二人と数奇な絆で結ばれた夏彦。 別れと出逢いを繰り返しながら、それぞれの人生が交差し奏でる〝讃歌(うた)…。
僕はまだロードショーを観ていないので音楽の使われ方も解っていませんが、松村北斗、黒木華、広瀬すず等が共演し、サイトを見ると相当な豪華キャストです。
サントラ情報(10/18発売、試聴可能になっています.14,15トラックで演奏しています)
→オリジナルサウンドトラック試聴


後日、映画「キリエのうた」を覧て
正直、今の日本でこんな映画が作れるんだ、と驚かされた。感覚的にはイタリアの古いネオリアリズムを思わせる。どこか現実の儚さ、やるせなさ、無力感みたいなものが漂い、それが社会に対して歌で痛烈に訴える何かがある。なぜキリエは声を失ったのか、過去と現在を境目なく行き来して、物語のカラクリに徐々に迫ってくる。全体を見ると個別の人間達もそれぞれの世界の中で生きていて、その描き方が美しい。3時間を超える長さを飽きる事もなく、静かに目が離せなくなる。
初めての映画出演、アイナ・ジ・エンド演じる声の出ない歌手の物語だから、それはまさに出ない声を発するだけで訴えるものがある。他にストリートミュージシャンの歌が当然多いわけだが、所々に入るチェロ中心の劇伴音楽が素晴しい。こちらの録音した音はリュートとヴィオール(折原麻美さん)の曲は一度のみだったが、1分に満たないプサルテリーソロは重要なシーンで何度も出て来た。
まあこちらの音が使われた事は、孫が映ったレベルの私事だが、中世の旋律だけに情感的になりすぎない良い選曲だと思う。この現代の路上ライブの音の中に中世の旋律をぶち込んだ事は、この作品の品格を格段に上げている様に思える。岩井俊二監督、小林武史音楽監督(録音時のプロデューサー、昔サザンオールスターズの編曲を担当し評価を得て有名)の意図がハマったと思う。
忘れかけていた震災の心の部分をもう一度掘り起して、今の社会と繋がっていくんだとも感じられた。とにかくこの日本で、こんなある意味古風な素晴しい映画が作れることは誇らしい。 

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