Tessey Ueno's blog

古楽系弦楽器を演奏する上野哲生のブログ。 近況や音楽の話だけでなく、政治や趣味の話題まで、極めて個人的なブログ。

カテゴリ: 音楽

ススキの音楽フェスから帰った後、たまたま、NHK知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の「ヒトはなぜ音楽を愛するのか」と言う番組をやっていた。僕にとって非常にタイムリーで面白い番組だった。
研究者によると、ネアンダルタールが滅びて、ホモサピエンスが生き残ったのは、「音楽があったためではないか」という、(仮説だが)その可能性もあるという事だ。
確かに脳も身体も大きく、力の強いネアンダルタールが滅び、能も身体も小さいホモサピエンスが生き残った一つの理由はコミュニケーション能力だと、つまり力を合わせたり、人同士が共同体として何かを成しえる力があったためだ生き残ってきたと言われて来た。その人のつながりに大きな役割を果すのが音楽だという事だ。
別な言い方をすれば、音楽が無ければホモサピエンスは生残れなかった。今の人類にとって、音楽は不可欠なものだった。
番組の中で様々な研究者の実験結果を示している。リズム自体は生まれたての赤ん坊でもリズム周期の予測する力を持っていて、リズムが途切れた瞬間脳に明らかな影響がある。つまりホモサピエンスは生れながらにしてリズムを感じる力を備えている。それは人類に近いチンパンジーでも見られない事だという。一部の鳥類や動物などでは見られる場合があるらしいが。
我々音楽を生業とする人間は,今までさんざん社会の危機には音楽は役に立たない、詩などのメッセージがないと伝わらない、などとあたかも音楽など無駄だと言われてきた。
ダーウィンは著書の中で「(音楽は)人類が授かった特質の中で、最も謎めいた行為の一つとして位置付けざるを得ない」と、音楽が何の役に立つのか訳がわからんと言わんばかりだ。
でも最近の研究で音楽が脳に影響する力は明らかで、痴呆症の治療に音楽が活用されていて、イギリスの殆ど夫婦で会話も出来なくなった人が、若い頃好きだったビートルズを歌うと、歌詞も全て思いだし、明らかに前頭葉に影響を及している。なんか10年後の自分を見ているようだ。
番組の実験では人の大好きな音楽は多感な10代から20代前半の時期に聞いたものが例外なく上げられると、これも自分もまさに当てはまると言ったところで興味深い。
番組ではポリリズム、協会の残響のメリスマ、リズムは共通だがメロディは民族それぞれ異なる、等のテーマを、よくもまあ78分の番組に収まったと言うほど濃い内容だった。
特に西洋音階と不協和音階を比べて、好みは世界共通ではないと言う結論は的を得たりと思った。タモリも言っていた「我々は西洋音楽に慣れすぎているからな」
僕の見解では音階の好みが共通なら言葉というものも音程やニュアンスは同じになると思う。でも英語の「yes」と「はい」では音程が違う。ざっくり言えば英語全般は完全5度、日本語は完全4度の系譜にあたると思う。実はこれは学生時代、日本語のオペラを作ろうと思ったとき、随分と調べた結果だった。
兎にも角にも非常に見応えのある音楽の力を科学的にも実証的にもバラエティとしてもわかりやすく作られた番組だった。
再放送はあるかも知れないので、あったらぜひご覧頂きたい。
NHKをぶっ壊すとか言う人もいるし、オールドメディアとか言われているけれど,こういう番組を作れるのはNHKしかないと思った。


人はなぜ音楽を愛するのか

番組ではアフリカのバカという民族のポリリズムが紹介されていた。普通音楽は揃って歌ったりするものだが、バカの歌は全員がバラバラでそこが素晴しい。音楽は揃っていて気持のいい人種と、バラバラで気持のいい人種が居る。
自分の事を思えば最も好きな合唱曲がリゲッティの「ルクスエテルナ」で、自分も大学時代の僕の合唱も16人いれば16声部を作るのが当り前のようにやった。オケのヴァイオリンパートもプルト分の声部をモアレのように作った。それらは全部書込みであっても西洋音楽の世界では殆ど受入れられなかった。
今でこそユニゾンの良さは理解するが、自由合唱とか複合リズムとか、耳で聴いて「これはどうなっているんだろう」と感じるものがたまらなく好き。

それでもオケは書いたとおりにやってくれるので、「題名のない音楽会」で山下洋輔トリオと「砂山」のオケのアレンジを任されたとき、前奏の2分は砂山のテーマを本当にプルトごとに譜面化にして第一ヴァイオリンだけで12パートに分けた。それぞれが違うタイミングで「うみはあらーうーみー」をオケ全体で60段譜を使い、バラバラに演った。この時は山下さんも黛敏郎さんも「面白い」と言ってくれた。テーマはパート単位に戻したが。
同じ頃、20面の箏とオケの作品を委嘱され書きましたが、この時も20面バラバラの譜面を作りましたが、依頼主に「これでは音楽にならない」と却下され、箏は十三弦を含め4パートになってしまった。僕にとっては20面を使う意味が無くなってがっかりした。
それでも声明のズレの世界を模したり、追分や尺八30人で奏でるヘテロフォニー、ライリーのインC、ライヒのズレの音楽に傾倒し、自分なりに色々試しましたが、そのバラバラが何で良いのか説明する言葉を持っていないため、今回のような番組を観てくれたならそんな説明が要らなかったのかなと思った。
ゆっくり説明できるときには、例えば数十名のリコーダーによる曲を作ったときは要素はすっきりして、リコーダーのパートごとに一つの旋律を自分の時間で好きなときに吹くという事もやったが、ある時からみんなユニゾンになってしまう、それが西洋的な凝り固まりなのか?
西洋音楽に限らず、日本の音楽教育はバッハや検校に始るのではなく、太古の、人と音楽の関わりから始めれば良いのにとずっと思っている。
結論に達しなくても人間にとっての音楽の意味から考えないと、我々のように他と違った楽器を演る人間が、知らない人にとって珍しい楽器だけで終ってしまう懸念があるのです。

「おんがく交差点」では、プサルテリーの即興性を聴いて頂けると思いますが、テレビ収録となると、なかなか時間内に即興を収めるのも難しいものでした。
僕が自身で一番気に入っているプサルテリーの即興を、イメージ映像を付けてお聴かせしたいと思います。この「やさしい風」と題した曲はCD「琴霊」に収録されています。

古楽を演奏する身であっても、僕個人の中でハードロックの元祖とも呼ばれるレッド・ツェッペリンの影響は外せない。キース・エマーソンやピンクフロイドがクラシック音楽への影響があるとすれば、ツェッペリンとクリームは古楽や民族音楽に通じるドローンやモード即興音楽の強い影響がある。
話題の映画「レッド.ツェッペリン:ビカミング」を観て来た。これはあくまでもノンフィクションで、ツェッペリンに興味のない人には面白ろいのかどうか、僕にとっては知っていたようで、知らない事だらけだったのを思い知らされた。

ツェッペリン1
ただ、2時間余りの映画の中でその全てを表せるものでもなく、解りやすくビートルズで言えば最初の映画までのサクセスストーリーしか描いてない。3枚目のアルバム以降は出てこない。有名な「カシミール」や「天国の階段」は、また別の話なのだ。
思えばツェッペリンを知ったのは高校2年頃で、「胸いっぱいの愛を」がラジオで流れたのを聴き逃さなかった。それまでのR&B的バンドやビートルズ的なサウンドでもない、全く新しい音楽だった。当時はドローンをワンコードと認識していたが、その限られた音ベースの上で和音進行に支配されず、自由に即興で遊んでいるのだ。ボーカルの即興に絡んでギターが合いの手の様に寄り添い即興を入れる。今思えば民謡歌手と尺八の関係だ。
元祖ハードロックと言われたツェッペリンは、実のところアコスティックギターを多用し、調弦もシタールやサズに近い、それに絡めてマンドリンなど、開放弦でドローンを出しやすい調弦を良く使った。後になってトルコのアシーク(サズを使って歌う吟遊詩人)音楽を聴いた時、まるでツェッペリンそのものだと思った。彼らは間違いなく中東からインドの音楽を聴いて影響を受けていると思った。このエッセンスが青年期の僕の音楽形成に受け継がれたと思っている。つまりは古楽に囚われる理由となっていると思った。
ツェッペリン2

映画はメンバーの現在のインタビューで昔を振りかえり進んでいくが、この映画で改めて認識させられたのは、ギターのジミー、ボーカルのロバートの凄さは当然なのだが、ベースのジョンポールジョーンズと、ドラムのジョンボーナムが、如何にツェッペリンになくてはならない存在だったのか、もちろんある程度わかっていた事だが、それがこの映画でよく伝わる。
ジョンポールジョーンズはベーシストとして括るのは勿体ない存在だ。キーボードだけでなく、すでにアレンジャーとしても相当活躍した人で、この世代でよく知っているのはルルの「いつも心に太陽を」は彼のアレンジだ。
音楽一家に育ち、その数えきれない程の楽器リストにはピアノ、オルガン、マンドリン、リュート、リコーダー、ハーディガーディ等の我々にとってお馴染みのものもある。ジミーと共に、ローリングストーンズ、ドノバン、有名なのはシャリーバッシーのゴールドフィンガーの録音にも参加したり、すでにツェッペリンに加わる前から活躍していた。
映画を観るまで、ジミーの引き出しの多さがツェッペリンのサウンドを作っていると思われたが、半分は彼の音楽の見識と世界観の広さが大きく影響しているのは間違いない。
対してドラムのジョンボーナム=ボナムはこの映画で判ったが、ロバートと同じくそこまで仕事に充実したミュージシャンではなかった。音が大き過ぎて演奏を断られたり、不毛の音楽生活をしていた。
ボーナムのドラミングは唯一無二のものて、ツェッペリン結成以降は一流のミュージシャン達から一気に注目の的となったが、それ以前は鳴かず飛ばずだった。まさに他の3人と出会って、まるで水を得た魚のように暴れ出した。彼のキックはロックそのものの代名詞のように語られた。
ロバートも同様、企画外れの歌はなかなか受け入れられなかった。彼の場合は生活も大変で、住む場所もなかった。色んな紆余曲折があり、ジミーとプラントが出会い意気投合するのだが、合わなかったら音楽を捨ててしまったかもしれない。
ジミーペイジについて、今更語るべき事はないが、ヤードバーズに在籍していただけで三大ギタリストなんて言われ、クラプトンやベックとやたらテクニック面で比較され、やりにくかったと思わざるを得ないが、彼ほどクリエイティブなギタリストはいないと思う。オープンドローンチューニング、ギターを弓で擦るなんて事だけでなく、彼のギターリフはどれも印象的で忘れられない。ほんの3秒くらいで聴き手の心を掴んでしまう。

ツェッペリン3
彼らの成功はイギリスのプロデューサーに頼らず、自分のスタジオを郊外に作り、マルチレコーダーで完成品をいきなりアトランティックレコードに持込んだ。アーティストのことを良く知らないプロデューサーに引っかき回されるのが嫌だったのだ。
とにかく徹底的に時間をかけて録音とダビングを繰返し、納得の行くまで全てを出し切った。それぞれは元々幾つかのバンドを掛持ったり、スタジオミュージシャンの仕事をしていたが、4人で音を出した瞬間、全てを捨ててこれで生きて行こうと思った。ジョーンズもある程度アレンジやスタジオで名を馳せ稼いでいたが、全てをやめてこれに打込んだ。奥さんを説得させるのに大変だったという。とにかく無名でも彼らはこれが自分たちの生きる道だと確信した。
最初はなかなか本国で売れなかったが、アメリカツアーで爆発的に人気が出て、1年かかって英国で大絶賛となった。彼らの場合は音に関しては徹底的に他人の手が入っていない、それが他に真似できないサウンドを作ったことになる。
映画はそれ以降の話は無いが、1980年、絶頂期にツェッペリンは解散する。ドラムのボナムが突然死したのだ。死因は前日多量の飲酒をし、吐瀉物を喉に詰まらせての窒息死ということだった。メンバーは落胆し、その年の終りに解散に至った。
当時、僕はそれを聴いて、ジミーやロバートならまだしも、ドラマーなら代りの務まる人は居るのではと思った。しかし今思えばボナムに変るドラマーはいなかったろう。
ローリングストーン誌が選ぶ史上最も偉大などラマーに、ジンジャーベイカーやキースムーンを押えて一位になっている。まあそんなことはツェッペリンにとってグループの事の方が重大な事だった。
ツェッペリンは4人の歯車はどれも欠けてはいけなかった。奇才ジミーに、即興歌歌いのロバート、何でも音楽を形づくるジョン、そしてあの独特の迫力とキックとグルーブを持つボナムが居て、ツェッペリンは成立っていた。誰がかけてもいけなかった。
このロック感覚は、セッションを組替えるジャズとは大きく違うところだ。
そして4人が誰一人欠けてはいけないという感覚は、ビートルズにも無かったことなのだ。

ツェッペリン4
1994年になってペイジとロバートはモロッコやエジプトのミュージシャンとライブを行っている。まさにダルブッカやケマンチェを始め中東の楽器とのセッションだったが、昔、トルコの音楽に影響を受けたと言う僕の説はこれによって証明された様な気がした。

ロバの音楽座が1960年制定 第63回久留島武彦文化賞を受賞しました。
久留島武彦さんは「日本のアンデルセン」と呼ばれ、多くの人々に親しまれる形で童話と教育を広めた方です。
この文化賞は、青少年文化の向上と普及に貢献した人および団体に送られる賞だそうです。
44年にしてこのような賞をいただけたこと 感謝します。
ロバが王子になったような気持ち・・・・
いやロバはこれからもロバなりに精進します。

久留島武彦賞の歴代の受賞者はこちらに載っています。

久留島武彦


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今年の8月、テレ東の音楽番組「おんがく交差点」に、がりゅうさんのクルムホルンがフィーチャーされ、カテリーナ古楽合奏団で出演しましたが、今度は上野が単独でプサルテリーで出演します。

放送予定は2026年の2月7日(土)朝8:00〜BSテレ東です。今日、収録が終わり、情報公開可となりました(曲目と写真のみ、内容・感想は公開日まで語れません)。
中世ルネサンスの曲を取り混ぜ、冬のイメージで即興で繋いだプサルテリーのソロと、大谷さんのバイオリンとのコラボは、僕のオリジナルの「胡蝶の夢」です。
内容はお楽しみですが、ぜひご覧ください。

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音楽番組「おんがく交差点」でルネサンスの笛「クルムホルン」が特集され松本雅隆が出演しました。クルムホルン合奏ほかカテリーナ古楽合奏団のメンバーも勢揃いしました。
「おんがく交差点」は毎週、様々な楽器を紹介しているBSテレ東の音楽番組。春風亭小朝さんと対談、ヴァイオリン奏者大谷康子さんとコラボする番組です。
放送予定:BSテレ東 8月16日(土) あさ8:00~8:30。

#487収録時写真 (1)
#487収録時写真 (4)
#487収録時写真 (3)

Proliferation for Piano ピアノのための「増殖」Ⅰ〜Ⅲ 
上野哲生:曲 12/2020
今回、かなり昔から書きかけていた曲を形にしてみました。
いつもの古楽テイストとはかけ離れた半無調性、抽象的な手法、しかもピアノベースの曲だが、心の中にあるもやもやしたものを見えるがままに自動書記の様に綴っていいきました。ただそれが何かを表現している訳ではありません。聴き手が自由に何かを想像してもらえれば、それで充分完結するものと思っています。


弾いてみたい方は譜面を渡します。こちらにコンタクトを取って下さい。
https://www.tessey49.com/contact
ただ,演奏会で使用する際は著作権料がかかります。

Proliferation for Piano ピアノのための「増殖」Ⅰ〜Ⅲ 
上野哲生:曲 12/2020
今回、かなり昔から書きかけていた曲を形にしてみました。
いつもの古楽テイストとはかけ離れた半無調性、抽象的な手法、しかもピアノベースの曲だが、心の中にあるもやもやしたものを見えるがままに自動書記の様に綴っていいきました。ただそれが何かを表現している訳ではありません。聴き手が自由に何かを想像してもらえれば、それで充分完結するものと思っています。

演奏を試みたい方はコンタクトを取ってください。

僕には5人の妻がいる。5人とも正妻だ。最近6人目の正妻を迎えた。6人目はまだ迎えてから2年しか経っていない、新婚だ。
どの妻もとても可愛いくてとてもチャーミングだ。それぞれの得意な事は限られているし、全く性格が違うので、誰かの代わりは務まらない。役割分担はとても上手くできているし、互いに嫉妬する事もない。
最初の妻は西欧の血を引く、日本生まれの来たプサルテリゥーム、通称プサルテリーと呼んでいる。とても優雅で繊細だ。指でどこを弾いてもとても純粋で透明な、決して肉感的にならない人間離れした響きを発する。

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2番目の妻は生粋のトルコ生まれのサズ。正式な名前はバーラマと言う。プサルテリーとうって変わってとてもキレが良くシャープでとてもリズミカルだ。激しく情熱的にもなるし、大草原や砂漠など地平線に沈む陽が似合うようだ。

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3番目の妻は西欧、特に英仏伊で人気の高いリュート。日本生まれだが、とても気位が高く、気難しいところがあるが、プサルテリーと比べるともっと肉感的で温かみがある。ふくよかな低音と伸びのある高音が魅力的だ。

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4番目の妻はイランから来たサントゥール。2本の鉢で弦を叩くのだが、それは繊細なものからアジタート(決然とした)な音まで多様な美しさと香りと個性を醸し出す。後にピアノに変わっていく楽器なだけに、ダイナミクスとサスティーン(余韻)、繊細なトレモロが持ち味だ。

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実は最初の妻を娶る前に実は妻を一人亡くしている。英国の血を引き日本で生まれたシターンだ。40年くらい前には最もよく良く弾いた。小柄だが、サズと同様リズミカルで爽やかに響き、プサルテリーと同様その頃を共に歩み、一つのスタイルを作って来た。ただ、ドローン弦を作っていたため様々な調性に対応出来ず、次のリュートに変わって行った。時代が経つにつれて響板も凹み音はビビつくようになり、第一線から消えていった。構ってもらえなくなると途端に機嫌が悪くなり、あらゆるところが破損していった。ついに響板は割れて自ら命を絶つ結果となってしまった。
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スチール弦で高音の伸びが良かったが、その役割は5番目の妻のジュラに変わった。ザズの兄弟でとても小柄で機動性があり、様々な調性に対応出来た。
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妻たちの寿命は短いので、プサルテリーは3人目、サズに至っては5人目、サントゥールは3人目、リュートもジュラも 3人目、常に若返りをしている。
若い方が良いかと言うと、見た目は新しくて良いが、特にプサルテリーやリュートの様な響板に薄いスプルースを使ったものは(日本での産みの親は同じだが)、初々しい頃はなかなか良く響いてくれないが、なぜか5年くらい経っと本当にキラキラした豊かな音色に変貌する。当初は慣れて来ただけかと思ったが、やはり熟れた魅力を醸し出す様になって来ている。
正妻同士は仲が良く嫉妬したりしないが、同じ兄弟同士の嫉妬は激しい。新しい妻が来て、そちらを構ってばかりいると、途端に機嫌が悪くなり響かなくなる。調弦もすぐ狂うし、嫌がらせとしか思えない様な仕方のない音色を出す。
今回こんな話をするキッカケとなったのも、新しいリュートに代ってからずっと構ってあげられなかった先代のリュートが、自殺をしてしまったからだ。管理も悪かった所為もあるが、響板に直付けになっているブリッジが剥がれ、全部の弦が完全に外れてしまった。これはもう個人のレベルではどうにもならない。産みの親の所で直してもらうかなのだが、(元々楽器の値段は西欧ベースと中東ベースではかなり差があるのだが)修理費はおそらく新しいサズが買えてしまう。値段を価値とするなら正妻たちの価格はかなり不平等にできている。もちろん楽器の値段で音色が決まるわけではない。
みんな寿命は長くはない。扱いも丁寧でない事もあるが、僕の要求が時に激しい事も多く、物にもよるが15年を超えると音が良くても楽器自体が傷だらけになって来る。響板の剥がれ、割れなどが頻度を増してくる。だったら古いものを大事に直しながら使うことより、次の世代にバトンタッチしていく事も大事な事だ。冷たいと思われるだろうが、結局一人で愛でるだけの妻たちではないので、それを聴いてもらい多くの人たちとの世界観を共有させると言う大きな務めがある。それが偏らないためにそれぞれ役割の違う妻たちがいるわけだ。
最初に話した通り、最近6人目の妻、アラビアからやって来たガタイの大きなウードが加わった。
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低い音で他の妻たちにはない肉感的で、情熱的で、官能的な面もある。口笛や歌と同じ様にフレットが無いから音と音の間を自由に飛回ることができる。最近ウードをフィーチャーした映像動画を作った。ぜひその音色をじっくり聴いて頂きたい。https://youtu.be/lSQ38Z0DEnE?si=yewE5u3Y_S-onIds
この役割の妻は初めてではない。同郷の出身でラウタと言う、もう少し音の高い愛人がいた。この人とは今もたまに逢っているが、ウードに比べるとやや線が細く、それはそれで良いところはあるが、出番は減ってしまった。たまに弾くだけなのに、あまり機嫌が悪くならず、クールな関係を保っている。
他にイラン系の三味線の先祖、セタール。響板部分が皮で出来ているタール。正妻では無い愛人だが、どれも個性的で唯一無二の世界観がある。
不謹慎にもこんな美しい妻たちを侍らせて、一人だけを選べなかったかと言うと、どの妻も万能ではないからた。
例えばヴァイオリンやピアノだと一人で色んな表現が出来てしまい、ある意味万能と言える。ならヴァイオリンやピアノで良いではないかと言うだろうが、それぞれの正妻たちの個性の豊かさは比べものにはならない。
コンサート中、例えば瞑想的なプログラムしかしないとか、激しい即興のみで終わるとか、単一な色合いなら一人で充分だろう。だが、一つの世界だけでは満足出来ないのは,色んな色彩、色んな世界、色んな表現をしたいからだ。
今後、生きているうちに妻の数はまた増えるかもしれない。でも正妻達はいつも可愛がっているから、いつもいい音で鳴いてくれる。自分が自分であり続けられるのはこの妻たちが居るお陰だ。

久々に動画をアップします。ウードをフィーチャーした映像動画です。
古代人の彼らが未来をどんな世界にしたかったか、思いを馳せ作りました。伴奏は前から温めて、ウードは即興一発録りです。オリエントの彼らが日本に来たかもしれない、そんな和の要素も取入れています。

自分たちが言うのも何ですが、お客さんの反応や感想を聞く限り、間違いなくロバの音楽座の最高のコンサートだったと思います。
見返してみると、本当に44年間が凝縮された、ベストなプログラムだったと思いました。
毎日この子屋で同じ構成で、ずっとやり続けたいと思いました。でもまたロバハウスでやれたらとも思います。
ロバの音楽座44周年
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今日は毎年第一生命ホールで30年続続いている、山下洋輔ソロピアノコンサートに行ってきました。
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いやあ素晴らしかったです。80を超えたとはとても思えない演奏だと思います。
800席近いホール満員のお客様を前に、本当に自由に自分の弾きたい曲を好きな様に弾いているといった、トリオの頃のあの激しさを忘れてしまう様なロマンチックな選曲でした。

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3年前にも同じコンサートに来て何曲か同じ春のナンバーを聴きましたが、違ったアプローチで新鮮でした。柔らかく転がる様な音が束になって丸まってしなやかで、それが何重にも重なって、万華鏡でも観ている様な世界観がありました。特にアンコールの鳥の歌もとても良かったです。全体的に爽やかな春を感じました。
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終わってから洋輔さんにもお会いしたかったですが、さすがにこの人数では無理と悟り、帰って来ました。昔(コロナ前)なら楽屋の前に行って逢えたのですが。
隅田川の桜が満開で綺麗だったです。良い一日となりました。
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20歳過ぎた頃に作った、とある詩にインスパイアされて作ったピアノ曲。
初演から半世紀が過ぎて、連弾用のピアノ曲に改作したものです。

実際に連弾で弾いてみたい方は、こちらに連絡して下さい。 https://www.tessey49.com/contact

ミュージカル「ひとりぼっちのさいしゅうれっしゃ」とても評判良く、2年目で再演です。
今年はとちぎテレビの主催でとちぎテレビで放映もされます。
原作のいわむらかずおさんが亡くなられたばかりで、追悼の気持で精一杯心を込め気持を一つに稽古に邁進しています。
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25年版「ひとりぼっちのさいしゅうれっしゃ」ソング・アラカルトというプロモ的なものを作りました。
宇都宮文化会館大ホール公演事前動画。本番35日前のリハを歌を中心に録りました。
今回のリハは衣装も照明も生オケもなく、振付けも指導中です。写真は2年前の初演の時のもので、動画は今回のものです。歌を中心にアラカルトしています。
あらかじめ音楽を耳に馴染ませておいてから本番を観ると、より楽しく観られると思いこの動画を作りました。茂木の方々、栃木の方々の素晴しい歌声をお楽しみ下さい。
(YouTubeから入るとチャプターが付いて好きな歌にジャンプします。)





特に最後の「 ♫同じ夢の中で」はぜひ覚えていただき、ぜひ一緒に歌って下さい。
最後のゲネプロのアンコールの
「 ♫同じ夢の中で」のリハです。皆さんの思いが伝わってきます。

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「ひとりぼっちのさいしゅうれっしゃ」
原作・絵本:いわむらかずお
脚本/演出:江藤 寛 作曲:上野哲生
音楽総監督:黒子和志  副監督:豊田尚史  振付け・指導:小川和代
特別出演:村山哲也  小倉伸一  村山啓子  小川和代ジャズダンスカンパニー 
制作・出演:もてぎde演劇を創る会  代表:都野祐俊 
写真提供:鶴田さとみ  録音・動画編集:上野哲生


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とちぎテレビで放映もありますした。生演奏の小オケが付きます。
小林清美(Pf) 栗田智水(Fl) 大塚裕一(Perc) 八溝山アンサンブル





カテリーナの2月1〜3日の鹿児島、福岡、大分公演は、様々なステージをやってきた中で、僕にとって生涯忘れることの出来ない公演となった。

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もちろん昔の懐かしい顔にも沢山会えたが、知らない人からも沢山声をかけられ、「来て良かった」「言い表わせないほど感激した」などと賛美の嵐だった。
それは決して我々の鍛錬の賜でも無ければ、その日の演奏が格段に良かったわけではないと思う。むしろ九州のお客さんの食入るような目と耳と、ストレートな反応に我々が触発され、かつて無いほど演奏の精度を引上げてくれたのだと思う。
それはまるで音が真綿の中に染みこんでいくような、そんな光景が目の前を過った。
なんだろう。一つには今回どの会場も古楽器に適したとても響きの良い会場だったのがあるだろう。古楽器の多くはそれ自体の音は小さく、場を響かせるようなパワーは無い。西洋の寺院、中東のモスク、あるいは王宮で奏でられたような優しい音色はその場の響きと共にあるべきだろう。このような場に続けて演奏できた事は賞賛に値する。
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また、九州の気質もあるのかも知れない。九州以外の人たちの前でも色々演奏をしてきたけれど、座長一座などで芸能に慣れている環境があるのだろうか、どう伝わっているのか、その拍手の仕方やタイミングでどう感じたのかがこちらに伝わってくる。それに答えるべく最高の音を提供しなければと一音に魂を込める。それがまた伝わり拍手の返しの相乗作用で更に高みに向っていく。それは結果、東京でも東北でも関西でも同じなのだが、九州人の前での公演は自信を付けるきっかけを作ってくれる事が多い。
そして今回福岡、大分はクラシック向けの会場だったが、そんな場所で我々の立ち位置が再確認できた。曲にもよるが、毎日同じプログラムでありながら、まったく同じ演奏がない。固定された譜面に書表わすことは意味がない、自由で何が起るか解らない、古楽器でありながら、ジャズやロックに近いスタンスを取っている。ある時は酒場の音楽、ある時は敬虔な信仰の音楽、ある時は西洋と相対する異民族の音楽、古楽器で蟻ながら色んな情景、色んな音が混在する、あらゆるジャンルにも属さないとんでもない合奏団と言わざるを得ない。それが伝わっているのが解るのが今回の大収穫だった。
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こんなに口々に「良かった、良かった」と言ってくれて、我々も本望だが、終ってから舞台に上がり、しばらく楽器の前から離れない多くの興味に満ちた人たちに囲まれて、楽器も本望だったろう。カテリーナに参加して47年、世界はまだこの面白さを知らない人だらけなわけで、もっともっと知らせていかなければならないという掲示を受けたような気持になった。クラシックでもロックでもジャズでもポップスでもない、古楽の世界はまだこの世に始ったばかりなのだと思い知らされた気分だった。

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来ていただいた皆さん、本当にあたたかな声援、ありがとうございます。
そしてサポートして頂いた、しょうぶ学園、前村さん、産の森の皆さん、鹿児島、福岡、大分の劇場の皆さん、まだまだ書ききれませんが、本当にありがとうございます。

皆さま遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。家族3人皆元気でやってiます。
久しぶりに年賀動画を作りました。映像はNasaのものとVideo blocksを利用し様々なコラージュしています。
2作品あり、こちらは「新しい地球の夜明け」と題して、最後はあり得ない組合わせが待っています。


もう1作品は新年にちなんでポップな和歌の歌を聴かせます。実際には秋の歌が多いですが。2作品同時にFBはアップ出来ないので、こちらから


HPに今年の年賀画像、昨年の出来事、今年やってくる出来事、動画など、色々まとめています。ぜひこ、ちらもお寄りください。

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