Tessey Ueno's blog

古楽系弦楽器を演奏する上野哲生のブログ。 近況や音楽の話だけでなく、政治や趣味の話題まで、極めて個人的なブログ。

カテゴリ: 音楽

5月5日は谷川俊太郎さんを思い出す日。
ロバの音楽座に居たお陰で、打ち上げで俊太郎さんと何度も会話をする機会が持てた。自分の曲を聴いてもらう機会もあった。許可を得て詩に曲を付けさせてももらった。とにかく俊太郎さんの詩は曲にするのは難しい。なぜなら言葉だけでミクロの世界から宇宙の果てまで表現していて、あえて音を付ける必要がない詩がほとんどだと感じる。
1次元である言葉が何重構造にも重なって、おそらく5次元を超えるほどの世界を作り出す。それは一見魔法のようだが、禅で言う「空」、つまり空っぽのなせる技だと思う。何にでも変身できる。何にもとらわれずあるがままを言葉にする事で、読み手は作為を感じないですんなり引き込まれてしまう。でもそこに血を通わせているのは、他でもない俊太郎さんの人柄なんだと思う。
自分の死すら興味の対象としている詩人は、今何をしているのだろう。僕はリアルタイムで話すのは得意じゃあないから、今の俊太郎さんと文通をしてみたいと思う5月5日であります。
(↓最近やっと見つけた、下記の2017年に作曲した「かぼちゃごよみ」の「六月」の詩のデモ音源です。ぜひ聴いてください)

https://magi.o.oo7.jp/nasunogahara/amadare.mp3

以下、2017年の投稿です。

5/5に谷川俊太郎と賢作さんをロバハウスに迎え「ことばとあそぶ おととあそぶ」を開催しました。

谷川さんとの今年のジョイントメインは絵:川原田 徹, 詩:谷川 俊太郎の絵本「かぼちゃごよみ」を素材に、プロジェクタ投影して俊太郎さんが詩を読み、ロバと賢作さんが交互に演奏しました。 

川原田氏は北九州市門司の出身で、ブリューゲルやボッシュに影響を受けた強烈な画素材を鏤め、門司の昔の風景をさらに超現実的に変えていく様な不可思議な絵が展開されます。1月から12月までの十二枚の絵に谷川さんがその絵に則したり則さなかったりして詩を書いています。 

今回の企画が決る前に、僕は既に六月の詩に曲を付けていました。 

あまだれは おなじおと 
むかしもいまも おなじおと 
あまだれは おなじおと 
あのまちもこのむらも おなじおと 
おもいだせそうで おもいだせないおもいでのように 
かさでかおをかくして あるいてくるのは 
だれ? 

<谷川俊太郎>「かぼちゃごよみ」より 

本来、淡々とした情景を歌ったものと感じるものかも知れませんが、僕の解釈は違いました。 
まず、普通なら「雨だれはあんな音、こんな音、色んな音が聞えていいね」と来そうな所ですが、あえて「同じ音」としたのには訳がありそうでした。 

ひょっとしたら雨だれは、人間一人ひとりの事を指しているのかも知れない。雨だれがが音を発する事は人間の営みであり、それは如何に文明が変ろうとも、昔も今も、アフリカも中国も、金持も学歴も、基本的に変らない。極端に言えば人間も動物も生き方が大きく変るわけではない。より「不変」「永劫」を表しているのではと思いました。 
確かに原子レベルで考えれば全てのものは原子核と電子の組合わせで出来ています。組合わせが違うから違うもののように見えて、実は全ては同じもので出来ています。 

ヒンズーの教えに「梵我一如」というのがあり、宇宙と個人は同一のもので、自分と他は区別がなく、宇宙全体でひとつの生命という素敵な考え方です。 
手塚治虫の「ブッダ」では、乳粥をくれたスジャータが死にそうになり魂の輪の中に入ってしまうのですが、ブッダが神様にスジャータの魂を返して欲しいというと、 
「その辺の好きな魂を持って帰りなさい。どれも同じようなもんじゃ」 
と言って生返らせるというシーンがあります。 
これは史実とは全く関係ないフィクションですが、端的に梵我一如を表していると思います。 

また鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・」に近いのような気がします。生れては消え生れてはまた消える人の生と営み。ただここに出てくる「不変」は「無常」と対を成し、谷川さんの詩ではざっくりと「無常」は省略されています。 
心はあまだれのようにひとつの雲から生れて、その落ちた環境によってそれぞれの道を歩みますが、元は同じものです。 

そうなると「思い出せない思い出」というものも他の人と共有しているものかも知れません。夕日を見るとなぜか懐かしさを感じたり、山を見れば晴晴れとした気持になる。人は大きく捉えれば君は僕で、僕は皆だ。 
歩いてくるのはよく見たら自分かもしれない。 

実は打上げの時にこの話をしたかったのですが、まとめないとなかなか正確に伝えにくいので、いずれ文章で聞いてみたいと思います。きっと全然違っているんだと思います。でも僕がそう捉えたのも事実であり、同じものを観ていても幾つもの世界が見える。 
素晴しい詩はそんな許容量を持っているような気がします。 

この詩に曲を付けるのにその同じ構成要素を見方によって違う情景に見えるよう、小節単位でどこからでも出入り可能な無限カノンを作ってみました。伴奏は一小節のみのオスティナートが永遠に繰返されます。 

(写真は桧垣康彦氏撮影) 
かぼちゃごよみ

ロバの音楽座のツアーで、泉大津からのフェリーに乗る時まで3時間余りあったので、旧万博跡地の国立民族博物館=通称民博に行った。
僕にとっては45年ぶりの民博だ。当時はシルクロードの事は本では知っていても、今の様にyoutuveとか、ネットの情報も金もない時代、引きこもりの?僕にとって民博で世界の文化を観て知る方法しかなかった。
金も無いので50ccの原付バイクを飛ばし、東京から野宿をしながら(たまに安宿に泊まり)3日間かけて大阪にたどり着いた。民博の余りの情報量の多さに頭がおかしくなりそうで、5日間通い詰め、少しずつ色んなものを見る事にした。
当時特に興味があったのはペルシャ文化だった。セタールやタール、トンバク、ケマンチェなどを、間近で見るのは初めてだったし、当時写真も写せないから、何度も観て目に焼き付けようとした。
何度か話題にしたが、僕がペルシャに魅せられたのは、小泉文夫さんの監修で招聘したイランの音楽家の演奏会と、松本清張の「ペルセポリスから飛鳥へ」と言うエッセイからだ。
後者は奈良時代に日本にペルシャが来ていたと言う、これはすでに説ではなく事実なのだ。日本書紀などに出てくる「胡人」とはペルシャ人の事だ。正確を記すならソグド人と言うべきだろう。
はペルシャよりもっと現在の中国に近い、サマルカンドあたりに位置していた商業を得意とした民族だ。
ソグド人とペルシャ人はペルシャの言語を話し、同じ民族と言っていいくらいに近いが、定義は難しいがイコールでは無い。
確かにペルシャ人は650年以降、イスラムの台頭に沢山の人たちが何千キロも旅をして長安の都に逃げ込んだ。その人たちの一部は仏教に改宗し、鑑真などに同行して日本にやって来た。これは710年頃の話だ。僕にとって何となく日本に最初にやって来たペルシャ人のイメージがあった。
ところが日本書紀の成立が620年だとすると、すでに胡人の記述が出てくる。ここに出てくる胡人こそ、サマルカンド辺りに住んで、伎楽面などを日本に持って来たソグド人では無いのか。つまり僕はイスラムの台頭をペルシャ人が日本に来る理由づけに済ましていたのだが、単純な話、すでにペルシャ人はイスラムの脅威とは関係なく日本に足を運んでいたのだ。酒船石、猿石など明日香の地にそう言うものを作った時期は、簡単に日本に行き来していたのではないか。
伎楽面が中国や朝鮮半島に残っていないで、日本にしかないのは、安易に考えれば直接やって来たと見て良いのでは無いかと思う。今までいくつかペルシャの事を書いた中で間違っていたことが発覚した。
今回偶然、ロバのツアーの始りに大阪の国立民族博物館で特別展「シルクロードの商人(あきんど)語り―サマルカンドの遺跡とユーラシア交流―」というのををやっていた。まさにソグド文化の特別展だ。新たに採掘した木簡や出土品が多く展示されていた。多くの楽器の絵、ペルシャのイメージとはまた違った出土品。どちらかと言うと敦煌を匂わせるところを感じざるを得なかった。もちろんどちらもシルクロードの中継点であるから、東西の影響はかなり色濃く出るであろう。
実はソグド人と言う民族に、かなりイマジネーションを掻き立てられる時期があった。1990年頃の話で、「ソクディアナ」と言う歌の曲まで作っている。
この歌はどう見てもインドの有様を描いたとしか思えない。ただ、インドを描いたと言うより、ソクドの詩人が旅先のカルカッタで、凄まじい混沌の中で生命の不思議を驚愕するという、その頭の中のカオスを描きたい、そんな2重構造の歌である。
今思えば、ソグドというタイトルで曲を描きたかったが、ソクドの詩人を主人公にして、その視点から見た光景というこじつけのような歌である。
自分でも忘れていた作品だが、とても興味深いところも多々あるので、公開します。
(動画は同時期に撮った秋芳洞の映像を加工して使っています。)

「ソグディアナ」詞・曲;上野哲生(サズ、サントゥール、ザルブ)、歌:上野律子

2017年に録音したプサルテリーの即興演奏です。演劇の背景音楽に使用しただけで、CD等には入れていない未発表のものです。プサルテリーの最も宇宙的な響きを感じる即興です。

この曲は歌詞と共に1979年に作ったギターで弾き語りの作品です。
当時はじめて、ペルシャ=イランの伝統音楽に触れ、イランの詩や工芸品の文化、楽器などの源流を知り、イランに強い憧れを持っていました。
サントゥールという楽器を知ったのもこの頃でした。レコードで聴いてとても興味を持ち、これはどうなっているのだろうと様々な文献を探したりしました。
8世紀、イスラムの台頭によってゾロアスター教のペルシャ人が長安の都に逃込み、その一部が鑑真と共に日本に来たと言う事実も知り、自分の頭の中で生まれる前はペルシャ人だったというような妄想を描くようにもなりました。
そこでイランに行こうと思い、ビザを取ろうと大使館に電話をしました。
僕は当時、国際情勢など知るよしも無く、イラン革命が起ったばかりで、当然行けるような状態では無いと、断られました。
行けないと思えばこそ、イランへの憧れは募るばかりでした。思えば自分の演っている楽器の多くはペルシャ生れのルーツのものが多く、また詩のスタイルもゲーテが憧れたように、西欧の詩人たちにも多大な影響を与えたようです。
ペルシャの詩も日本に足跡を残しており、太宰治も「人間失格」の中で詩人:オマル・ハイヤームの詩を引用したり、様々な文学に影響しています。
ペルシャの詩が日本に最初に入ってきたのが4行詩で、1217年に南宋で書かれ、日本の僧侶によって持ち帰ったものがあります。
4行のうち最初の2行は出典は解りませんが、後半はペルシャの初期の詩人:フェルドゥスィーの詩だと後の時代に解かりました。
「世は思い出、われらは去りゆく者、人に残るのは善き行いのみ」岡田恵美子訳(後半2行のみ)
当時、僕はこの詩の部分の特に「世は思い出、われらは去りゆく者」の、鴨長明にも近い無常観にいたく心を奪われ、自分の創作活動の多くがこのテーマに縛られていきました。
そしてこの詩のフレーズを使って作ったのがこの動画の恋の歌です。
フェルドゥスィーのパクりだと言われても仕方ないですが、それほどこの詩が僕の中に根を下ろしてしまったのです。
結局僕はイランには一度も行っていません。イランに憧れても自分の演るのはイラン音楽でも無ればイラン文化の発掘でも無い、故郷は遠きにありて思うもの、の様な想像の世界で、政治情勢に左右されないところで、イランにイメージを抱いて生きて行くのが良いと思って生きてきました。
こんなイランを政治体制がどうあれ、宣戦布告もなしに土足で踏込み、多くの人間を殺害し、空爆だけで体制を覆すことが出来るなんて、思い上がりも甚だしい。イラン人は決して屈することが無いだろうから、この戦争は長引くでしょう。知能も誇りも勇気も優れたイラン人に比べれば、文化を持たない幼稚なネタ二ヤフやトランプはミジンコ以下です。それに諂う様々な国も同様です。かと言ってこのまま戦争が終らなければ、すでに我々の中にまで被害が及んできます。
その昔、英国の圧力でイランとの石油を何処も手を出せないとき、出光興産の日章丸が原油を強行輸入した事があります。それ以来日本とイランは友好関係を築いて、東北大震災の時は今の外相が支援してくれたり、本当は日本が停戦を呼びかけ調定すれば戦争が終るのかもしれない。
まあ、今の内閣からは想像もつかない話しですが。
そのフェルドゥスィーの詩に影響を受けた「時の川」、Psaltery伴奏で背景に油絵のタッチのAI動画を作ってみました。懐かしくも思いますが、作風は随分青いですね。



作詞:広島友好 作曲:上野哲生 仮歌:上野律子 上野哲生 他 プサルテリー演奏:Tessey Ueno 日本遺産演劇「那須野が原に華ひらく」について 作:広島友好 演出:鈴木龍男 音楽:上野哲生 出演:劇団らくりん座 他 夢と希望を胸に、広大な那須野が原の開拓に挑んだ華族たちの情熱的なストーリーを、劇団らくりん座がお届けします。 日本遺産に認定されている那須野が原の歴史を、演劇で楽しく体験。 家族で楽しめる内容となっていますので、この機会にぜひお子さんと一緒に劇場へお越しください! <あらすじ> 現代の12歳の少年つくるは、日本遺産をテーマにした学校新聞づくりに気乗りしなかった。 ある日、シカの精霊ナスシカに導かれ、明治時代の那須野が原へ。 そこで松方正義や西郷従道、青木周蔵達開拓者に出会い、つくるは“土地に生きる”ことの大切さを知っていく。 日時:令和8年2月14日(土曜日)開場13時~/開演14時~(90分・休憩あり) 場所:大正堂くろいそみるひぃホール(黒磯文化会館 大ホール) 入場料:無料(要お申込み) お問い合せ:那須塩原市 教育部 生涯学習課 Tel:0287-37-5419 https://www.city.nasushiobara.tochigi... <チケットお申込みフォーム>https://docs.google.com/forms/d/e/1FA... この歌は音楽担当の上野が、演劇と共に心に残る歌を残したいと、作者の広島氏に頼んで書下ろしてもらった挿入歌で、この劇のイメージソングでもあります。実際の歌の録音には栃木県の子どもたちに歌ってもらう予定です。 この映像の歌はいずれその子たちの声に変っていくことになります。 もしこの歌が気に入って頂けたら、ぜひこの演劇を観に来て、一緒に歌って下さい。そしてこの劇と共にいつまでも多くの人の心に残ってもらえる事を夢みて。 

本番の録音では、地元のSweetHeart ミュージカルの子どもたちが歌ってくれました。
歌声に癒されます。ぜひ聴いてください

来週の土曜の放送です。「おんがく交差点」で予告編をやっていましたので、投票日前日でどうなるかと思っていましたが、無事に放送するみたいです。
2月7日、朝8時よりBSテレ東(通常はBS7ch)で30分間の放送です。
番組はTverで見逃し配信はしていないので、BSに加入されていない方なども含め、観る方法はないの?と聞かれますが、この予告編動画からどんな番組だったか、想像していただくしかないです。すみません。
プサルテリーに出逢う経緯や、ロバの活動のことなど、色々話しましたが、ビートルズや新しい音楽を求めて古楽に出逢った話が中心となりました。
この楽器を買う方法はないと言ってしまいましたが、実はEarlyMusicShopなどで手に入れる事は出来ますが、これと同じクラスのものは作家に作ってもらうしかないという意味で、作るしかないと言ってしまいました。詳しく訂正したいところですが。
緊張していた所為か演奏は硬かったですね。普段もっとリラックスして即興をしていますが。
個人のページにもう少し柔らかい演奏動画があります。良かったらそちらを聴いてみてください。

この日の番組の紹介です。少しだけ演奏の様子が聴けます。
2026年2月7日(土) あさ8時放送! ゲストは「天使の楽器」と呼ばれる弦楽器 プサルテリーの演奏家 上野哲生さん! プサルテリーは中世の讃美歌に登場するヨーロッパの古楽器!当時の楽器は現存しない? 実はチェンバロの祖先!「天使の音色」の秘密はカラスの羽?でも指だけでも大丈夫…? いきなり上野さんが大谷さんに2つのプサルテリーで合奏を提案!どんなコラボになる? 上野さんの音楽のキッカケはビートルズ!新しい音楽を求めて辿り着いたのが…古楽器? 「天使の楽器」はギターより簡単に作れる!でも簡単には手に入らない?そのワケは…? 上野さんは冬から早春の情景を演奏!大谷さんはプサルテリーで伴奏する讃美歌を演奏! 『天使の楽器プサルテリー』と『歌うヴァイオリン』が『蝶になる歌曲』でコラボする!! ■♪ゲストの演奏曲 「冬の情景《中世・ルネサンス音楽メドレー》」 ①「バスダンス」 作者不詳 15世紀 ②「聖母マリアのカンティガ集100番」 アルフォンス10世編纂 13世紀 スペイン ③「雪のイメージ」 即興 上野哲生 ④「風の歌」 作曲 ジャン・シャルダヴォーヌ 16世紀 フランス ■♪ヴァイオリンの小径 「詩篇第128番 結婚の讃美歌」 作曲 ジョン・ラター ■天使の楽器プサルテリー×歌うヴァイオリン コラボレーション 蝶になって飛び回る様子をイメージした上野哲生さんオリジナルの歌曲で共演! ■♪コラボレーション 「胡蝶の夢」 作曲 上野哲生

IMG_5401

拙著「初めての和の音楽」で歌舞伎のこともいくらか触れたが、奥が深い歌舞伎の世界はまだまだ知らないことだらけだ。
今年1月3日の9:30〜のマツコの知らない世界で、「玉三郎が語る歌舞伎の女形の世界」が放送された。情報7daysを毎週予約していたのでたまたま録れていたこの番組、始めからTverで全部を見ることができた。オカマ(マツコ)と女形(玉三郎)という非常に興味深いトークで、知識としてもバラエティ番組としてもとても面白かった。

tama1
玉三郎さんとカテリーナ古楽合奏団は縁があって、1987年、玉三郎さん初演出の「ロミオとジュリエット」で、カテリーナは楽師として一ヶ月間出演した。真田広之さんを始めこの時の役者のそうそうたる面子が凄かった。因みにシェイクスピアの台本にも楽師の台詞があり、がりゅうさんと僕が一言ずつ喋った。
カテリーナロミオセピア

この時、玉三郎さんの凄いと思ったのは、役者の顔色から音楽にまで全て神経を注いでいるところだ。サックバット(トロンボーンの前身の楽器)が少し音程が低かったのか、「サクーバッ、音程が悪いよ!」と言う指摘があった。古楽器の名前まで知っていて、その役割まで細かくチェックしている。
tama2
番組を観てもらえば解るのだが、その女形全ての所作や舞の拘りだけでなく、胡弓を弾かせても箏を弾かせても超一流なのだ。それは天からの授り物だけではない、絶え間ない磨き上げの賜なのだ。大谷が投手と打者を掛持って凄いけれど、さすが人間国宝のレベルはそれを凌駕する。全てが舞台の肥しになっている。

tama-kokyu
tama-koto
ただ、玉三郎さんは努力という言葉が嫌いだそうだ。そこは共感できる。ひたすらその役を演じるためのプロセスを遂行しているに過ぎない。殆どが楽屋の中の生活で共演者とも食事も殆どしないし遊びにも行かない。だから楽屋の中が楽しくないと気分が良くないということで、自分のすきな高価なペルシャ絨毯や一点物の化粧道具や衣裳で満載されている。
tama-perusya
「何でペルシャ絨毯?」とマツコが聞くと、
「だって僕たちの芸能はシルクロードから来ているでしょ!」
今回、これを言いたくて、つい長々と書いてしまった。当に玉三郎さんはここをちゃんと押えているのだ。「祇園祭の山車」の様に、これらの唐草模様は日本人の中に自然に染わたっている。

tama-silk
中国経由で来た猿楽から能になり、歌舞伎になっていく。そんな文化の流れを体感してこそ、玉三郎さんの芸はあるのだろう。
「初めての和の音楽」も日本文化のペルシャルーツ、僕はその事を書きたいだけの本だったと言って過言ではない。
番組でも言うように女が女性を演じるより、男が観た理想の女像を演じる方がより客観的で細部までを表現できるのかもしれない。
玉三郎さんの凄さなんかはこの場でとても言うに足らない。番組の面白さも含めて、Tverならしばらく観られるので、観てない方はぜひご覧頂きたい。

​本年もどうぞよろしくお願いします。
今年の動画年賀が出来ております。↑AI動画も使っています。短いですが、ご覧下さい。


昨年はロバの音楽座44周年を迎え、6月に阿佐ヶ谷で記念コンサートを催しました。
また栄誉ある久留島武彦賞を受賞しました。
11月には狭山公園で「ススキと光のハーモニー」と題しまして、ロバの音楽座の企画で,様々なアーティストやパフォーマーが集い、世界の何処にもないようなフェスが開催されました。
ロバの音楽座は今年、チリンとドロンと共に「ガランピーな音楽会」と題した作品を東京都内を中心に10箇所で公演が予定されています。詳細はロバハウスのスケジュールページへ→

哲生は今年 2月7日  朝8:00~BS東テレの「おんがく交差点」に出演し、プサルテリーをsoloで演奏します。ぜひご覧下さい。

ススキの音楽フェスから帰った後、たまたま、NHK知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の「ヒトはなぜ音楽を愛するのか」と言う番組をやっていた。僕にとって非常にタイムリーで面白い番組だった。
研究者によると、ネアンダルタールが滅びて、ホモサピエンスが生き残ったのは、「音楽があったためではないか」という、(仮説だが)その可能性もあるという事だ。
確かに脳も身体も大きく、力の強いネアンダルタールが滅び、能も身体も小さいホモサピエンスが生き残った一つの理由はコミュニケーション能力だと、つまり力を合わせたり、人同士が共同体として何かを成しえる力があったためだ生き残ってきたと言われて来た。その人のつながりに大きな役割を果すのが音楽だという事だ。
別な言い方をすれば、音楽が無ければホモサピエンスは生残れなかった。今の人類にとって、音楽は不可欠なものだった。
番組の中で様々な研究者の実験結果を示している。リズム自体は生まれたての赤ん坊でもリズム周期の予測する力を持っていて、リズムが途切れた瞬間脳に明らかな影響がある。つまりホモサピエンスは生れながらにしてリズムを感じる力を備えている。それは人類に近いチンパンジーでも見られない事だという。一部の鳥類や動物などでは見られる場合があるらしいが。
我々音楽を生業とする人間は,今までさんざん社会の危機には音楽は役に立たない、詩などのメッセージがないと伝わらない、などとあたかも音楽など無駄だと言われてきた。
ダーウィンは著書の中で「(音楽は)人類が授かった特質の中で、最も謎めいた行為の一つとして位置付けざるを得ない」と、音楽が何の役に立つのか訳がわからんと言わんばかりだ。
でも最近の研究で音楽が脳に影響する力は明らかで、痴呆症の治療に音楽が活用されていて、イギリスの殆ど夫婦で会話も出来なくなった人が、若い頃好きだったビートルズを歌うと、歌詞も全て思いだし、明らかに前頭葉に影響を及している。なんか10年後の自分を見ているようだ。
番組の実験では人の大好きな音楽は多感な10代から20代前半の時期に聞いたものが例外なく上げられると、これも自分もまさに当てはまると言ったところで興味深い。
番組ではポリリズム、協会の残響のメリスマ、リズムは共通だがメロディは民族それぞれ異なる、等のテーマを、よくもまあ78分の番組に収まったと言うほど濃い内容だった。
特に西洋音階と不協和音階を比べて、好みは世界共通ではないと言う結論は的を得たりと思った。タモリも言っていた「我々は西洋音楽に慣れすぎているからな」
僕の見解では音階の好みが共通なら言葉というものも音程やニュアンスは同じになると思う。でも英語の「yes」と「はい」では音程が違う。ざっくり言えば英語全般は完全5度、日本語は完全4度の系譜にあたると思う。実はこれは学生時代、日本語のオペラを作ろうと思ったとき、随分と調べた結果だった。
兎にも角にも非常に見応えのある音楽の力を科学的にも実証的にもバラエティとしてもわかりやすく作られた番組だった。
再放送はあるかも知れないので、あったらぜひご覧頂きたい。
NHKをぶっ壊すとか言う人もいるし、オールドメディアとか言われているけれど,こういう番組を作れるのはNHKしかないと思った。


人はなぜ音楽を愛するのか

番組ではアフリカのバカという民族のポリリズムが紹介されていた。普通音楽は揃って歌ったりするものだが、バカの歌は全員がバラバラでそこが素晴しい。音楽は揃っていて気持のいい人種と、バラバラで気持のいい人種が居る。
自分の事を思えば最も好きな合唱曲がリゲッティの「ルクスエテルナ」で、自分も大学時代の僕の合唱も16人いれば16声部を作るのが当り前のようにやった。オケのヴァイオリンパートもプルト分の声部をモアレのように作った。それらは全部書込みであっても西洋音楽の世界では殆ど受入れられなかった。
今でこそユニゾンの良さは理解するが、自由合唱とか複合リズムとか、耳で聴いて「これはどうなっているんだろう」と感じるものがたまらなく好き。

それでもオケは書いたとおりにやってくれるので、「題名のない音楽会」で山下洋輔トリオと「砂山」のオケのアレンジを任されたとき、前奏の2分は砂山のテーマを本当にプルトごとに譜面化にして第一ヴァイオリンだけで12パートに分けた。それぞれが違うタイミングで「うみはあらーうーみー」をオケ全体で60段譜を使い、バラバラに演った。この時は山下さんも黛敏郎さんも「面白い」と言ってくれた。テーマはパート単位に戻したが。
同じ頃、20面の箏とオケの作品を委嘱され書きましたが、この時も20面バラバラの譜面を作りましたが、依頼主に「これでは音楽にならない」と却下され、箏は十三弦を含め4パートになってしまった。僕にとっては20面を使う意味が無くなってがっかりした。
それでも声明のズレの世界を模したり、追分や尺八30人で奏でるヘテロフォニー、ライリーのインC、ライヒのズレの音楽に傾倒し、自分なりに色々試しましたが、そのバラバラが何で良いのか説明する言葉を持っていないため、今回のような番組を観てくれたならそんな説明が要らなかったのかなと思った。
ゆっくり説明できるときには、例えば数十名のリコーダーによる曲を作ったときは要素はすっきりして、リコーダーのパートごとに一つの旋律を自分の時間で好きなときに吹くという事もやったが、ある時からみんなユニゾンになってしまう、それが西洋的な凝り固まりなのか?
西洋音楽に限らず、日本の音楽教育はバッハや検校に始るのではなく、太古の、人と音楽の関わりから始めれば良いのにとずっと思っている。
結論に達しなくても人間にとっての音楽の意味から考えないと、我々のように他と違った楽器を演る人間が、知らない人にとって珍しい楽器だけで終ってしまう懸念があるのです。

「おんがく交差点」では、プサルテリーの即興性を聴いて頂けると思いますが、テレビ収録となると、なかなか時間内に即興を収めるのも難しいものでした。
僕が自身で一番気に入っているプサルテリーの即興を、イメージ映像を付けてお聴かせしたいと思います。この「やさしい風」と題した曲はCD「琴霊」に収録されています。

古楽を演奏する身であっても、僕個人の中でハードロックの元祖とも呼ばれるレッド・ツェッペリンの影響は外せない。キース・エマーソンやピンクフロイドがクラシック音楽への影響があるとすれば、ツェッペリンとクリームは古楽や民族音楽に通じるドローンやモード即興音楽の強い影響がある。
話題の映画「レッド.ツェッペリン:ビカミング」を観て来た。これはあくまでもノンフィクションで、ツェッペリンに興味のない人には面白ろいのかどうか、僕にとっては知っていたようで、知らない事だらけだったのを思い知らされた。

ツェッペリン1
ただ、2時間余りの映画の中でその全てを表せるものでもなく、解りやすくビートルズで言えば最初の映画までのサクセスストーリーしか描いてない。3枚目のアルバム以降は出てこない。有名な「カシミール」や「天国の階段」は、また別の話なのだ。
思えばツェッペリンを知ったのは高校2年頃で、「胸いっぱいの愛を」がラジオで流れたのを聴き逃さなかった。それまでのR&B的バンドやビートルズ的なサウンドでもない、全く新しい音楽だった。当時はドローンをワンコードと認識していたが、その限られた音ベースの上で和音進行に支配されず、自由に即興で遊んでいるのだ。ボーカルの即興に絡んでギターが合いの手の様に寄り添い即興を入れる。今思えば民謡歌手と尺八の関係だ。
元祖ハードロックと言われたツェッペリンは、実のところアコスティックギターを多用し、調弦もシタールやサズに近い、それに絡めてマンドリンなど、開放弦でドローンを出しやすい調弦を良く使った。後になってトルコのアシーク(サズを使って歌う吟遊詩人)音楽を聴いた時、まるでツェッペリンそのものだと思った。彼らは間違いなく中東からインドの音楽を聴いて影響を受けていると思った。このエッセンスが青年期の僕の音楽形成に受け継がれたと思っている。つまりは古楽に囚われる理由となっていると思った。
ツェッペリン2

映画はメンバーの現在のインタビューで昔を振りかえり進んでいくが、この映画で改めて認識させられたのは、ギターのジミー、ボーカルのロバートの凄さは当然なのだが、ベースのジョンポールジョーンズと、ドラムのジョンボーナムが、如何にツェッペリンになくてはならない存在だったのか、もちろんある程度わかっていた事だが、それがこの映画でよく伝わる。
ジョンポールジョーンズはベーシストとして括るのは勿体ない存在だ。キーボードだけでなく、すでにアレンジャーとしても相当活躍した人で、この世代でよく知っているのはルルの「いつも心に太陽を」は彼のアレンジだ。
音楽一家に育ち、その数えきれない程の楽器リストにはピアノ、オルガン、マンドリン、リュート、リコーダー、ハーディガーディ等の我々にとってお馴染みのものもある。ジミーと共に、ローリングストーンズ、ドノバン、有名なのはシャリーバッシーのゴールドフィンガーの録音にも参加したり、すでにツェッペリンに加わる前から活躍していた。
映画を観るまで、ジミーの引き出しの多さがツェッペリンのサウンドを作っていると思われたが、半分は彼の音楽の見識と世界観の広さが大きく影響しているのは間違いない。
対してドラムのジョンボーナム=ボナムはこの映画で判ったが、ロバートと同じくそこまで仕事に充実したミュージシャンではなかった。音が大き過ぎて演奏を断られたり、不毛の音楽生活をしていた。
ボーナムのドラミングは唯一無二のものて、ツェッペリン結成以降は一流のミュージシャン達から一気に注目の的となったが、それ以前は鳴かず飛ばずだった。まさに他の3人と出会って、まるで水を得た魚のように暴れ出した。彼のキックはロックそのものの代名詞のように語られた。
ロバートも同様、企画外れの歌はなかなか受け入れられなかった。彼の場合は生活も大変で、住む場所もなかった。色んな紆余曲折があり、ジミーとプラントが出会い意気投合するのだが、合わなかったら音楽を捨ててしまったかもしれない。
ジミーペイジについて、今更語るべき事はないが、ヤードバーズに在籍していただけで三大ギタリストなんて言われ、クラプトンやベックとやたらテクニック面で比較され、やりにくかったと思わざるを得ないが、彼ほどクリエイティブなギタリストはいないと思う。オープンドローンチューニング、ギターを弓で擦るなんて事だけでなく、彼のギターリフはどれも印象的で忘れられない。ほんの3秒くらいで聴き手の心を掴んでしまう。

ツェッペリン3
彼らの成功はイギリスのプロデューサーに頼らず、自分のスタジオを郊外に作り、マルチレコーダーで完成品をいきなりアトランティックレコードに持込んだ。アーティストのことを良く知らないプロデューサーに引っかき回されるのが嫌だったのだ。
とにかく徹底的に時間をかけて録音とダビングを繰返し、納得の行くまで全てを出し切った。それぞれは元々幾つかのバンドを掛持ったり、スタジオミュージシャンの仕事をしていたが、4人で音を出した瞬間、全てを捨ててこれで生きて行こうと思った。ジョーンズもある程度アレンジやスタジオで名を馳せ稼いでいたが、全てをやめてこれに打込んだ。奥さんを説得させるのに大変だったという。とにかく無名でも彼らはこれが自分たちの生きる道だと確信した。
最初はなかなか本国で売れなかったが、アメリカツアーで爆発的に人気が出て、1年かかって英国で大絶賛となった。彼らの場合は音に関しては徹底的に他人の手が入っていない、それが他に真似できないサウンドを作ったことになる。
映画はそれ以降の話は無いが、1980年、絶頂期にツェッペリンは解散する。ドラムのボナムが突然死したのだ。死因は前日多量の飲酒をし、吐瀉物を喉に詰まらせての窒息死ということだった。メンバーは落胆し、その年の終りに解散に至った。
当時、僕はそれを聴いて、ジミーやロバートならまだしも、ドラマーなら代りの務まる人は居るのではと思った。しかし今思えばボナムに変るドラマーはいなかったろう。
ローリングストーン誌が選ぶ史上最も偉大などラマーに、ジンジャーベイカーやキースムーンを押えて一位になっている。まあそんなことはツェッペリンにとってグループの事の方が重大な事だった。
ツェッペリンは4人の歯車はどれも欠けてはいけなかった。奇才ジミーに、即興歌歌いのロバート、何でも音楽を形づくるジョン、そしてあの独特の迫力とキックとグルーブを持つボナムが居て、ツェッペリンは成立っていた。誰がかけてもいけなかった。
このロック感覚は、セッションを組替えるジャズとは大きく違うところだ。
そして4人が誰一人欠けてはいけないという感覚は、ビートルズにも無かったことなのだ。

ツェッペリン4
1994年になってペイジとロバートはモロッコやエジプトのミュージシャンとライブを行っている。まさにダルブッカやケマンチェを始め中東の楽器とのセッションだったが、昔、トルコの音楽に影響を受けたと言う僕の説はこれによって証明された様な気がした。

ロバの音楽座が1960年制定 第63回久留島武彦文化賞を受賞しました。
久留島武彦さんは「日本のアンデルセン」と呼ばれ、多くの人々に親しまれる形で童話と教育を広めた方です。
この文化賞は、青少年文化の向上と普及に貢献した人および団体に送られる賞だそうです。
44年にしてこのような賞をいただけたこと 感謝します。
ロバが王子になったような気持ち・・・・
いやロバはこれからもロバなりに精進します。

久留島武彦賞の歴代の受賞者はこちらに載っています。

久留島武彦


DSC04989-Enhanced-NR

IMG_5401
今年の8月、テレ東の音楽番組「おんがく交差点」に、がりゅうさんのクルムホルンがフィーチャーされ、カテリーナ古楽合奏団で出演しましたが、今度は上野が単独でプサルテリーで出演します。

放送予定は2026年の2月7日(土)朝8:00〜BSテレ東です。今日、収録が終わり、情報公開可となりました(曲目と写真のみ、内容・感想は公開日まで語れません)。
中世ルネサンスの曲を取り混ぜ、冬のイメージで即興で繋いだプサルテリーのソロと、大谷さんのバイオリンとのコラボは、僕のオリジナルの「胡蝶の夢」です。
内容はお楽しみですが、ぜひご覧ください。

IMG_5351

IMG_5362

IMG_5406

音楽番組「おんがく交差点」でルネサンスの笛「クルムホルン」が特集され松本雅隆が出演しました。クルムホルン合奏ほかカテリーナ古楽合奏団のメンバーも勢揃いしました。
「おんがく交差点」は毎週、様々な楽器を紹介しているBSテレ東の音楽番組。春風亭小朝さんと対談、ヴァイオリン奏者大谷康子さんとコラボする番組です。
放送予定:BSテレ東 8月16日(土) あさ8:00~8:30。

#487収録時写真 (1)
#487収録時写真 (4)
#487収録時写真 (3)

Proliferation for Piano ピアノのための「増殖」Ⅰ〜Ⅲ 
上野哲生:曲 12/2020
今回、かなり昔から書きかけていた曲を形にしてみました。
いつもの古楽テイストとはかけ離れた半無調性、抽象的な手法、しかもピアノベースの曲だが、心の中にあるもやもやしたものを見えるがままに自動書記の様に綴っていいきました。ただそれが何かを表現している訳ではありません。聴き手が自由に何かを想像してもらえれば、それで充分完結するものと思っています。


弾いてみたい方は譜面を渡します。こちらにコンタクトを取って下さい。
https://www.tessey49.com/contact
ただ,演奏会で使用する際は著作権料がかかります。

Proliferation for Piano ピアノのための「増殖」Ⅰ〜Ⅲ 
上野哲生:曲 12/2020
今回、かなり昔から書きかけていた曲を形にしてみました。
いつもの古楽テイストとはかけ離れた半無調性、抽象的な手法、しかもピアノベースの曲だが、心の中にあるもやもやしたものを見えるがままに自動書記の様に綴っていいきました。ただそれが何かを表現している訳ではありません。聴き手が自由に何かを想像してもらえれば、それで充分完結するものと思っています。

演奏を試みたい方はコンタクトを取ってください。

↑このページのトップヘ