Tessey Ueno's blog

古楽系弦楽器を演奏する上野哲生のブログ。 近況や音楽の話だけでなく、政治や趣味の話題まで、極めて個人的なブログ。

カテゴリ: 文化・芸術

5月5日は谷川俊太郎さんを思い出す日。
ロバの音楽座に居たお陰で、打ち上げで俊太郎さんと何度も会話をする機会が持てた。自分の曲を聴いてもらう機会もあった。許可を得て詩に曲を付けさせてももらった。とにかく俊太郎さんの詩は曲にするのは難しい。なぜなら言葉だけでミクロの世界から宇宙の果てまで表現していて、あえて音を付ける必要がない詩がほとんどだと感じる。
1次元である言葉が何重構造にも重なって、おそらく5次元を超えるほどの世界を作り出す。それは一見魔法のようだが、禅で言う「空」、つまり空っぽのなせる技だと思う。何にでも変身できる。何にもとらわれずあるがままを言葉にする事で、読み手は作為を感じないですんなり引き込まれてしまう。でもそこに血を通わせているのは、他でもない俊太郎さんの人柄なんだと思う。
自分の死すら興味の対象としている詩人は、今何をしているのだろう。僕はリアルタイムで話すのは得意じゃあないから、今の俊太郎さんと文通をしてみたいと思う5月5日であります。
(↓最近やっと見つけた、下記の2017年に作曲した「かぼちゃごよみ」の「六月」の詩のデモ音源です。ぜひ聴いてください)

https://magi.o.oo7.jp/nasunogahara/amadare.mp3

以下、2017年の投稿です。

5/5に谷川俊太郎と賢作さんをロバハウスに迎え「ことばとあそぶ おととあそぶ」を開催しました。

谷川さんとの今年のジョイントメインは絵:川原田 徹, 詩:谷川 俊太郎の絵本「かぼちゃごよみ」を素材に、プロジェクタ投影して俊太郎さんが詩を読み、ロバと賢作さんが交互に演奏しました。 

川原田氏は北九州市門司の出身で、ブリューゲルやボッシュに影響を受けた強烈な画素材を鏤め、門司の昔の風景をさらに超現実的に変えていく様な不可思議な絵が展開されます。1月から12月までの十二枚の絵に谷川さんがその絵に則したり則さなかったりして詩を書いています。 

今回の企画が決る前に、僕は既に六月の詩に曲を付けていました。 

あまだれは おなじおと 
むかしもいまも おなじおと 
あまだれは おなじおと 
あのまちもこのむらも おなじおと 
おもいだせそうで おもいだせないおもいでのように 
かさでかおをかくして あるいてくるのは 
だれ? 

<谷川俊太郎>「かぼちゃごよみ」より 

本来、淡々とした情景を歌ったものと感じるものかも知れませんが、僕の解釈は違いました。 
まず、普通なら「雨だれはあんな音、こんな音、色んな音が聞えていいね」と来そうな所ですが、あえて「同じ音」としたのには訳がありそうでした。 

ひょっとしたら雨だれは、人間一人ひとりの事を指しているのかも知れない。雨だれがが音を発する事は人間の営みであり、それは如何に文明が変ろうとも、昔も今も、アフリカも中国も、金持も学歴も、基本的に変らない。極端に言えば人間も動物も生き方が大きく変るわけではない。より「不変」「永劫」を表しているのではと思いました。 
確かに原子レベルで考えれば全てのものは原子核と電子の組合わせで出来ています。組合わせが違うから違うもののように見えて、実は全ては同じもので出来ています。 

ヒンズーの教えに「梵我一如」というのがあり、宇宙と個人は同一のもので、自分と他は区別がなく、宇宙全体でひとつの生命という素敵な考え方です。 
手塚治虫の「ブッダ」では、乳粥をくれたスジャータが死にそうになり魂の輪の中に入ってしまうのですが、ブッダが神様にスジャータの魂を返して欲しいというと、 
「その辺の好きな魂を持って帰りなさい。どれも同じようなもんじゃ」 
と言って生返らせるというシーンがあります。 
これは史実とは全く関係ないフィクションですが、端的に梵我一如を表していると思います。 

また鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・」に近いのような気がします。生れては消え生れてはまた消える人の生と営み。ただここに出てくる「不変」は「無常」と対を成し、谷川さんの詩ではざっくりと「無常」は省略されています。 
心はあまだれのようにひとつの雲から生れて、その落ちた環境によってそれぞれの道を歩みますが、元は同じものです。 

そうなると「思い出せない思い出」というものも他の人と共有しているものかも知れません。夕日を見るとなぜか懐かしさを感じたり、山を見れば晴晴れとした気持になる。人は大きく捉えれば君は僕で、僕は皆だ。 
歩いてくるのはよく見たら自分かもしれない。 

実は打上げの時にこの話をしたかったのですが、まとめないとなかなか正確に伝えにくいので、いずれ文章で聞いてみたいと思います。きっと全然違っているんだと思います。でも僕がそう捉えたのも事実であり、同じものを観ていても幾つもの世界が見える。 
素晴しい詩はそんな許容量を持っているような気がします。 

この詩に曲を付けるのにその同じ構成要素を見方によって違う情景に見えるよう、小節単位でどこからでも出入り可能な無限カノンを作ってみました。伴奏は一小節のみのオスティナートが永遠に繰返されます。 

(写真は桧垣康彦氏撮影) 
かぼちゃごよみ

ロバの音楽座のツアーで、泉大津からのフェリーに乗る時まで3時間余りあったので、旧万博跡地の国立民族博物館=通称民博に行った。
僕にとっては45年ぶりの民博だ。当時はシルクロードの事は本では知っていても、今の様にyoutuveとか、ネットの情報も金もない時代、引きこもりの?僕にとって民博で世界の文化を観て知る方法しかなかった。
金も無いので50ccの原付バイクを飛ばし、東京から野宿をしながら(たまに安宿に泊まり)3日間かけて大阪にたどり着いた。民博の余りの情報量の多さに頭がおかしくなりそうで、5日間通い詰め、少しずつ色んなものを見る事にした。
当時特に興味があったのはペルシャ文化だった。セタールやタール、トンバク、ケマンチェなどを、間近で見るのは初めてだったし、当時写真も写せないから、何度も観て目に焼き付けようとした。
何度か話題にしたが、僕がペルシャに魅せられたのは、小泉文夫さんの監修で招聘したイランの音楽家の演奏会と、松本清張の「ペルセポリスから飛鳥へ」と言うエッセイからだ。
後者は奈良時代に日本にペルシャが来ていたと言う、これはすでに説ではなく事実なのだ。日本書紀などに出てくる「胡人」とはペルシャ人の事だ。正確を記すならソグド人と言うべきだろう。
はペルシャよりもっと現在の中国に近い、サマルカンドあたりに位置していた商業を得意とした民族だ。
ソグド人とペルシャ人はペルシャの言語を話し、同じ民族と言っていいくらいに近いが、定義は難しいがイコールでは無い。
確かにペルシャ人は650年以降、イスラムの台頭に沢山の人たちが何千キロも旅をして長安の都に逃げ込んだ。その人たちの一部は仏教に改宗し、鑑真などに同行して日本にやって来た。これは710年頃の話だ。僕にとって何となく日本に最初にやって来たペルシャ人のイメージがあった。
ところが日本書紀の成立が620年だとすると、すでに胡人の記述が出てくる。ここに出てくる胡人こそ、サマルカンド辺りに住んで、伎楽面などを日本に持って来たソグド人では無いのか。つまり僕はイスラムの台頭をペルシャ人が日本に来る理由づけに済ましていたのだが、単純な話、すでにペルシャ人はイスラムの脅威とは関係なく日本に足を運んでいたのだ。酒船石、猿石など明日香の地にそう言うものを作った時期は、簡単に日本に行き来していたのではないか。
伎楽面が中国や朝鮮半島に残っていないで、日本にしかないのは、安易に考えれば直接やって来たと見て良いのでは無いかと思う。今までいくつかペルシャの事を書いた中で間違っていたことが発覚した。
今回偶然、ロバのツアーの始りに大阪の国立民族博物館で特別展「シルクロードの商人(あきんど)語り―サマルカンドの遺跡とユーラシア交流―」というのををやっていた。まさにソグド文化の特別展だ。新たに採掘した木簡や出土品が多く展示されていた。多くの楽器の絵、ペルシャのイメージとはまた違った出土品。どちらかと言うと敦煌を匂わせるところを感じざるを得なかった。もちろんどちらもシルクロードの中継点であるから、東西の影響はかなり色濃く出るであろう。
実はソグド人と言う民族に、かなりイマジネーションを掻き立てられる時期があった。1990年頃の話で、「ソクディアナ」と言う歌の曲まで作っている。
この歌はどう見てもインドの有様を描いたとしか思えない。ただ、インドを描いたと言うより、ソクドの詩人が旅先のカルカッタで、凄まじい混沌の中で生命の不思議を驚愕するという、その頭の中のカオスを描きたい、そんな2重構造の歌である。
今思えば、ソグドというタイトルで曲を描きたかったが、ソクドの詩人を主人公にして、その視点から見た光景というこじつけのような歌である。
自分でも忘れていた作品だが、とても興味深いところも多々あるので、公開します。
(動画は同時期に撮った秋芳洞の映像を加工して使っています。)

「ソグディアナ」詞・曲;上野哲生(サズ、サントゥール、ザルブ)、歌:上野律子

2017年に録音したプサルテリーの即興演奏です。演劇の背景音楽に使用しただけで、CD等には入れていない未発表のものです。プサルテリーの最も宇宙的な響きを感じる即興です。

この曲は歌詞と共に1979年に作ったギターで弾き語りの作品です。
当時はじめて、ペルシャ=イランの伝統音楽に触れ、イランの詩や工芸品の文化、楽器などの源流を知り、イランに強い憧れを持っていました。
サントゥールという楽器を知ったのもこの頃でした。レコードで聴いてとても興味を持ち、これはどうなっているのだろうと様々な文献を探したりしました。
8世紀、イスラムの台頭によってゾロアスター教のペルシャ人が長安の都に逃込み、その一部が鑑真と共に日本に来たと言う事実も知り、自分の頭の中で生まれる前はペルシャ人だったというような妄想を描くようにもなりました。
そこでイランに行こうと思い、ビザを取ろうと大使館に電話をしました。
僕は当時、国際情勢など知るよしも無く、イラン革命が起ったばかりで、当然行けるような状態では無いと、断られました。
行けないと思えばこそ、イランへの憧れは募るばかりでした。思えば自分の演っている楽器の多くはペルシャ生れのルーツのものが多く、また詩のスタイルもゲーテが憧れたように、西欧の詩人たちにも多大な影響を与えたようです。
ペルシャの詩も日本に足跡を残しており、太宰治も「人間失格」の中で詩人:オマル・ハイヤームの詩を引用したり、様々な文学に影響しています。
ペルシャの詩が日本に最初に入ってきたのが4行詩で、1217年に南宋で書かれ、日本の僧侶によって持ち帰ったものがあります。
4行のうち最初の2行は出典は解りませんが、後半はペルシャの初期の詩人:フェルドゥスィーの詩だと後の時代に解かりました。
「世は思い出、われらは去りゆく者、人に残るのは善き行いのみ」岡田恵美子訳(後半2行のみ)
当時、僕はこの詩の部分の特に「世は思い出、われらは去りゆく者」の、鴨長明にも近い無常観にいたく心を奪われ、自分の創作活動の多くがこのテーマに縛られていきました。
そしてこの詩のフレーズを使って作ったのがこの動画の恋の歌です。
フェルドゥスィーのパクりだと言われても仕方ないですが、それほどこの詩が僕の中に根を下ろしてしまったのです。
結局僕はイランには一度も行っていません。イランに憧れても自分の演るのはイラン音楽でも無ればイラン文化の発掘でも無い、故郷は遠きにありて思うもの、の様な想像の世界で、政治情勢に左右されないところで、イランにイメージを抱いて生きて行くのが良いと思って生きてきました。
こんなイランを政治体制がどうあれ、宣戦布告もなしに土足で踏込み、多くの人間を殺害し、空爆だけで体制を覆すことが出来るなんて、思い上がりも甚だしい。イラン人は決して屈することが無いだろうから、この戦争は長引くでしょう。知能も誇りも勇気も優れたイラン人に比べれば、文化を持たない幼稚なネタ二ヤフやトランプはミジンコ以下です。それに諂う様々な国も同様です。かと言ってこのまま戦争が終らなければ、すでに我々の中にまで被害が及んできます。
その昔、英国の圧力でイランとの石油を何処も手を出せないとき、出光興産の日章丸が原油を強行輸入した事があります。それ以来日本とイランは友好関係を築いて、東北大震災の時は今の外相が支援してくれたり、本当は日本が停戦を呼びかけ調定すれば戦争が終るのかもしれない。
まあ、今の内閣からは想像もつかない話しですが。
そのフェルドゥスィーの詩に影響を受けた「時の川」、Psaltery伴奏で背景に油絵のタッチのAI動画を作ってみました。懐かしくも思いますが、作風は随分青いですね。



作詞:広島友好 作曲:上野哲生 仮歌:上野律子 上野哲生 他 プサルテリー演奏:Tessey Ueno 日本遺産演劇「那須野が原に華ひらく」について 作:広島友好 演出:鈴木龍男 音楽:上野哲生 出演:劇団らくりん座 他 夢と希望を胸に、広大な那須野が原の開拓に挑んだ華族たちの情熱的なストーリーを、劇団らくりん座がお届けします。 日本遺産に認定されている那須野が原の歴史を、演劇で楽しく体験。 家族で楽しめる内容となっていますので、この機会にぜひお子さんと一緒に劇場へお越しください! <あらすじ> 現代の12歳の少年つくるは、日本遺産をテーマにした学校新聞づくりに気乗りしなかった。 ある日、シカの精霊ナスシカに導かれ、明治時代の那須野が原へ。 そこで松方正義や西郷従道、青木周蔵達開拓者に出会い、つくるは“土地に生きる”ことの大切さを知っていく。 日時:令和8年2月14日(土曜日)開場13時~/開演14時~(90分・休憩あり) 場所:大正堂くろいそみるひぃホール(黒磯文化会館 大ホール) 入場料:無料(要お申込み) お問い合せ:那須塩原市 教育部 生涯学習課 Tel:0287-37-5419 https://www.city.nasushiobara.tochigi... <チケットお申込みフォーム>https://docs.google.com/forms/d/e/1FA... この歌は音楽担当の上野が、演劇と共に心に残る歌を残したいと、作者の広島氏に頼んで書下ろしてもらった挿入歌で、この劇のイメージソングでもあります。実際の歌の録音には栃木県の子どもたちに歌ってもらう予定です。 この映像の歌はいずれその子たちの声に変っていくことになります。 もしこの歌が気に入って頂けたら、ぜひこの演劇を観に来て、一緒に歌って下さい。そしてこの劇と共にいつまでも多くの人の心に残ってもらえる事を夢みて。 

本番の録音では、地元のSweetHeart ミュージカルの子どもたちが歌ってくれました。
歌声に癒されます。ぜひ聴いてください

来週の土曜の放送です。「おんがく交差点」で予告編をやっていましたので、投票日前日でどうなるかと思っていましたが、無事に放送するみたいです。
2月7日、朝8時よりBSテレ東(通常はBS7ch)で30分間の放送です。
番組はTverで見逃し配信はしていないので、BSに加入されていない方なども含め、観る方法はないの?と聞かれますが、この予告編動画からどんな番組だったか、想像していただくしかないです。すみません。
プサルテリーに出逢う経緯や、ロバの活動のことなど、色々話しましたが、ビートルズや新しい音楽を求めて古楽に出逢った話が中心となりました。
この楽器を買う方法はないと言ってしまいましたが、実はEarlyMusicShopなどで手に入れる事は出来ますが、これと同じクラスのものは作家に作ってもらうしかないという意味で、作るしかないと言ってしまいました。詳しく訂正したいところですが。
緊張していた所為か演奏は硬かったですね。普段もっとリラックスして即興をしていますが。
個人のページにもう少し柔らかい演奏動画があります。良かったらそちらを聴いてみてください。

この日の番組の紹介です。少しだけ演奏の様子が聴けます。
2026年2月7日(土) あさ8時放送! ゲストは「天使の楽器」と呼ばれる弦楽器 プサルテリーの演奏家 上野哲生さん! プサルテリーは中世の讃美歌に登場するヨーロッパの古楽器!当時の楽器は現存しない? 実はチェンバロの祖先!「天使の音色」の秘密はカラスの羽?でも指だけでも大丈夫…? いきなり上野さんが大谷さんに2つのプサルテリーで合奏を提案!どんなコラボになる? 上野さんの音楽のキッカケはビートルズ!新しい音楽を求めて辿り着いたのが…古楽器? 「天使の楽器」はギターより簡単に作れる!でも簡単には手に入らない?そのワケは…? 上野さんは冬から早春の情景を演奏!大谷さんはプサルテリーで伴奏する讃美歌を演奏! 『天使の楽器プサルテリー』と『歌うヴァイオリン』が『蝶になる歌曲』でコラボする!! ■♪ゲストの演奏曲 「冬の情景《中世・ルネサンス音楽メドレー》」 ①「バスダンス」 作者不詳 15世紀 ②「聖母マリアのカンティガ集100番」 アルフォンス10世編纂 13世紀 スペイン ③「雪のイメージ」 即興 上野哲生 ④「風の歌」 作曲 ジャン・シャルダヴォーヌ 16世紀 フランス ■♪ヴァイオリンの小径 「詩篇第128番 結婚の讃美歌」 作曲 ジョン・ラター ■天使の楽器プサルテリー×歌うヴァイオリン コラボレーション 蝶になって飛び回る様子をイメージした上野哲生さんオリジナルの歌曲で共演! ■♪コラボレーション 「胡蝶の夢」 作曲 上野哲生

IMG_5401

北海道室蘭栄高校時代の同級生で、同じ合唱部、同じ音楽を目指す者として勝手にライバル視していた友人の板東寛之君。
彼は修学旅行で魅せられた古都の寺社仏閣を撮り続け、仏塔と古都の春秋風景の撮影に全力で取り組んでいる。今回、六本木にある東京ミッドタウン ミッドタウン・ウエストのFUJIFILM PHOTO SALONで「塔を巡る」という写真展を開いた。
その彼が生涯魅せられた塔=日本の五重塔の正体を知りたくて、写真展に行った。

板東-写真展
五重塔と言えば、梅原猛の「隠された十字架」の法隆寺の聖徳太子鎮魂説をひたすら背負ってきた程度の知識が無く、法隆寺の塔の中を見たことはなかったので(これは今日理由が解ったが)、五重塔自体の不思議や魅力について深掘りはしてこなかった。
今日、彼は30分に渡り、自分の撮った日本にある五重塔の解説をしながら、その魅力、そこにあるごパワー、秘められた歴史、その入門扉全てを凝縮して話された。

板東君
まず知らなかったのは五重塔は五階建てで天守に上ればさぞ眺めが良いものと勘違いしていたが、中は言わば太陽の塔や提灯と同じ空洞なのだ。それぞれの階?は床が無いのだから、修理の時以外人は登れない。当然中には入れない。
そして塔の上に立つ心柱(しんばしら)は回転灯籠のように(回転はしないが)上と下のみが塔との接点で、他は塔に触れていない。耐久性に強いヒノキやケヤキで作られる事が多く、この構造と相まって、耐震には驚くほど強いらしい。塔はもちろん仏教の伝来と共に中国を経て朝鮮半島を経て、姿を変えて日本に伝搬したのだが、どうもこのスタイルは日本にしかないらしい。

板東室生寺

心柱の上は鉄を使っている。だから一番の天敵は雷で、火災で焼けることが多いらしい。それでも木造建築なのに日本に60塔ほど残っているらしい。仏のご加護か、運も良いのかも知れない。
何の目的で塔があるのか。下から「地・水・火・風・空」を表していることは知識としてあったが、四重塔や六重塔は存在しないらしい。奇数は「陽(能動)」、偶数は「陰(受動)」と言われているらしい。
板東-瑠璃光寺
ここから先は僕の推測でしかないが、僕はどうも素数がすでに理解されていたのではないかと思っている。2,3,5,7,11,13,17…これらの数の妙を知っていたギリシャの学問がすでにシルクロードを経て日本にもたらされていたと勝手に思う。ピタゴラス教団のマークは五芒星だし、ゾロアスター教の聖数は7だし。まあ、こじつけにしか感じないかもしれないが。(安倍晴明と五芒星についてこのBLOGの↓のリンクへ)
五重塔を写真に収めるのは庇が長いため日中は影が出来やすい。普通に写すと真っ黒になる。夕方や日の光の角度を考えなければ良い写真は撮れないらしい。全ての写真はこれが一番良いショットだというのが、話を聞くと改めてそうかと思うところが多かった。これらの写真は塔が永遠に保たれるように、塔の写真のスタンダードとして残っていくに違いないと思った。
板東-備中国分寺

東京は29日まで、富士フイルムフォトサロン 大阪=2026年2月13日(金)~2月19日(木) 富士フイルムフォトサロン 名古屋=2026年2月27日(金)~3月5日(木)
お話しも非常に面白かった。興味のある方はぜひ足を運んでいた炊きたい。

拙著「初めての和の音楽」で歌舞伎のこともいくらか触れたが、奥が深い歌舞伎の世界はまだまだ知らないことだらけだ。
今年1月3日の9:30〜のマツコの知らない世界で、「玉三郎が語る歌舞伎の女形の世界」が放送された。情報7daysを毎週予約していたのでたまたま録れていたこの番組、始めからTverで全部を見ることができた。オカマ(マツコ)と女形(玉三郎)という非常に興味深いトークで、知識としてもバラエティ番組としてもとても面白かった。

tama1
玉三郎さんとカテリーナ古楽合奏団は縁があって、1987年、玉三郎さん初演出の「ロミオとジュリエット」で、カテリーナは楽師として一ヶ月間出演した。真田広之さんを始めこの時の役者のそうそうたる面子が凄かった。因みにシェイクスピアの台本にも楽師の台詞があり、がりゅうさんと僕が一言ずつ喋った。
カテリーナロミオセピア

この時、玉三郎さんの凄いと思ったのは、役者の顔色から音楽にまで全て神経を注いでいるところだ。サックバット(トロンボーンの前身の楽器)が少し音程が低かったのか、「サクーバッ、音程が悪いよ!」と言う指摘があった。古楽器の名前まで知っていて、その役割まで細かくチェックしている。
tama2
番組を観てもらえば解るのだが、その女形全ての所作や舞の拘りだけでなく、胡弓を弾かせても箏を弾かせても超一流なのだ。それは天からの授り物だけではない、絶え間ない磨き上げの賜なのだ。大谷が投手と打者を掛持って凄いけれど、さすが人間国宝のレベルはそれを凌駕する。全てが舞台の肥しになっている。

tama-kokyu
tama-koto
ただ、玉三郎さんは努力という言葉が嫌いだそうだ。そこは共感できる。ひたすらその役を演じるためのプロセスを遂行しているに過ぎない。殆どが楽屋の中の生活で共演者とも食事も殆どしないし遊びにも行かない。だから楽屋の中が楽しくないと気分が良くないということで、自分のすきな高価なペルシャ絨毯や一点物の化粧道具や衣裳で満載されている。
tama-perusya
「何でペルシャ絨毯?」とマツコが聞くと、
「だって僕たちの芸能はシルクロードから来ているでしょ!」
今回、これを言いたくて、つい長々と書いてしまった。当に玉三郎さんはここをちゃんと押えているのだ。「祇園祭の山車」の様に、これらの唐草模様は日本人の中に自然に染わたっている。

tama-silk
中国経由で来た猿楽から能になり、歌舞伎になっていく。そんな文化の流れを体感してこそ、玉三郎さんの芸はあるのだろう。
「初めての和の音楽」も日本文化のペルシャルーツ、僕はその事を書きたいだけの本だったと言って過言ではない。
番組でも言うように女が女性を演じるより、男が観た理想の女像を演じる方がより客観的で細部までを表現できるのかもしれない。
玉三郎さんの凄さなんかはこの場でとても言うに足らない。番組の面白さも含めて、Tverならしばらく観られるので、観てない方はぜひご覧頂きたい。

古楽を演奏する身であっても、僕個人の中でハードロックの元祖とも呼ばれるレッド・ツェッペリンの影響は外せない。キース・エマーソンやピンクフロイドがクラシック音楽への影響があるとすれば、ツェッペリンとクリームは古楽や民族音楽に通じるドローンやモード即興音楽の強い影響がある。
話題の映画「レッド.ツェッペリン:ビカミング」を観て来た。これはあくまでもノンフィクションで、ツェッペリンに興味のない人には面白ろいのかどうか、僕にとっては知っていたようで、知らない事だらけだったのを思い知らされた。

ツェッペリン1
ただ、2時間余りの映画の中でその全てを表せるものでもなく、解りやすくビートルズで言えば最初の映画までのサクセスストーリーしか描いてない。3枚目のアルバム以降は出てこない。有名な「カシミール」や「天国の階段」は、また別の話なのだ。
思えばツェッペリンを知ったのは高校2年頃で、「胸いっぱいの愛を」がラジオで流れたのを聴き逃さなかった。それまでのR&B的バンドやビートルズ的なサウンドでもない、全く新しい音楽だった。当時はドローンをワンコードと認識していたが、その限られた音ベースの上で和音進行に支配されず、自由に即興で遊んでいるのだ。ボーカルの即興に絡んでギターが合いの手の様に寄り添い即興を入れる。今思えば民謡歌手と尺八の関係だ。
元祖ハードロックと言われたツェッペリンは、実のところアコスティックギターを多用し、調弦もシタールやサズに近い、それに絡めてマンドリンなど、開放弦でドローンを出しやすい調弦を良く使った。後になってトルコのアシーク(サズを使って歌う吟遊詩人)音楽を聴いた時、まるでツェッペリンそのものだと思った。彼らは間違いなく中東からインドの音楽を聴いて影響を受けていると思った。このエッセンスが青年期の僕の音楽形成に受け継がれたと思っている。つまりは古楽に囚われる理由となっていると思った。
ツェッペリン2

映画はメンバーの現在のインタビューで昔を振りかえり進んでいくが、この映画で改めて認識させられたのは、ギターのジミー、ボーカルのロバートの凄さは当然なのだが、ベースのジョンポールジョーンズと、ドラムのジョンボーナムが、如何にツェッペリンになくてはならない存在だったのか、もちろんある程度わかっていた事だが、それがこの映画でよく伝わる。
ジョンポールジョーンズはベーシストとして括るのは勿体ない存在だ。キーボードだけでなく、すでにアレンジャーとしても相当活躍した人で、この世代でよく知っているのはルルの「いつも心に太陽を」は彼のアレンジだ。
音楽一家に育ち、その数えきれない程の楽器リストにはピアノ、オルガン、マンドリン、リュート、リコーダー、ハーディガーディ等の我々にとってお馴染みのものもある。ジミーと共に、ローリングストーンズ、ドノバン、有名なのはシャリーバッシーのゴールドフィンガーの録音にも参加したり、すでにツェッペリンに加わる前から活躍していた。
映画を観るまで、ジミーの引き出しの多さがツェッペリンのサウンドを作っていると思われたが、半分は彼の音楽の見識と世界観の広さが大きく影響しているのは間違いない。
対してドラムのジョンボーナム=ボナムはこの映画で判ったが、ロバートと同じくそこまで仕事に充実したミュージシャンではなかった。音が大き過ぎて演奏を断られたり、不毛の音楽生活をしていた。
ボーナムのドラミングは唯一無二のものて、ツェッペリン結成以降は一流のミュージシャン達から一気に注目の的となったが、それ以前は鳴かず飛ばずだった。まさに他の3人と出会って、まるで水を得た魚のように暴れ出した。彼のキックはロックそのものの代名詞のように語られた。
ロバートも同様、企画外れの歌はなかなか受け入れられなかった。彼の場合は生活も大変で、住む場所もなかった。色んな紆余曲折があり、ジミーとプラントが出会い意気投合するのだが、合わなかったら音楽を捨ててしまったかもしれない。
ジミーペイジについて、今更語るべき事はないが、ヤードバーズに在籍していただけで三大ギタリストなんて言われ、クラプトンやベックとやたらテクニック面で比較され、やりにくかったと思わざるを得ないが、彼ほどクリエイティブなギタリストはいないと思う。オープンドローンチューニング、ギターを弓で擦るなんて事だけでなく、彼のギターリフはどれも印象的で忘れられない。ほんの3秒くらいで聴き手の心を掴んでしまう。

ツェッペリン3
彼らの成功はイギリスのプロデューサーに頼らず、自分のスタジオを郊外に作り、マルチレコーダーで完成品をいきなりアトランティックレコードに持込んだ。アーティストのことを良く知らないプロデューサーに引っかき回されるのが嫌だったのだ。
とにかく徹底的に時間をかけて録音とダビングを繰返し、納得の行くまで全てを出し切った。それぞれは元々幾つかのバンドを掛持ったり、スタジオミュージシャンの仕事をしていたが、4人で音を出した瞬間、全てを捨ててこれで生きて行こうと思った。ジョーンズもある程度アレンジやスタジオで名を馳せ稼いでいたが、全てをやめてこれに打込んだ。奥さんを説得させるのに大変だったという。とにかく無名でも彼らはこれが自分たちの生きる道だと確信した。
最初はなかなか本国で売れなかったが、アメリカツアーで爆発的に人気が出て、1年かかって英国で大絶賛となった。彼らの場合は音に関しては徹底的に他人の手が入っていない、それが他に真似できないサウンドを作ったことになる。
映画はそれ以降の話は無いが、1980年、絶頂期にツェッペリンは解散する。ドラムのボナムが突然死したのだ。死因は前日多量の飲酒をし、吐瀉物を喉に詰まらせての窒息死ということだった。メンバーは落胆し、その年の終りに解散に至った。
当時、僕はそれを聴いて、ジミーやロバートならまだしも、ドラマーなら代りの務まる人は居るのではと思った。しかし今思えばボナムに変るドラマーはいなかったろう。
ローリングストーン誌が選ぶ史上最も偉大などラマーに、ジンジャーベイカーやキースムーンを押えて一位になっている。まあそんなことはツェッペリンにとってグループの事の方が重大な事だった。
ツェッペリンは4人の歯車はどれも欠けてはいけなかった。奇才ジミーに、即興歌歌いのロバート、何でも音楽を形づくるジョン、そしてあの独特の迫力とキックとグルーブを持つボナムが居て、ツェッペリンは成立っていた。誰がかけてもいけなかった。
このロック感覚は、セッションを組替えるジャズとは大きく違うところだ。
そして4人が誰一人欠けてはいけないという感覚は、ビートルズにも無かったことなのだ。

ツェッペリン4
1994年になってペイジとロバートはモロッコやエジプトのミュージシャンとライブを行っている。まさにダルブッカやケマンチェを始め中東の楽器とのセッションだったが、昔、トルコの音楽に影響を受けたと言う僕の説はこれによって証明された様な気がした。

ロバの音楽座が1960年制定 第63回久留島武彦文化賞を受賞しました。
久留島武彦さんは「日本のアンデルセン」と呼ばれ、多くの人々に親しまれる形で童話と教育を広めた方です。
この文化賞は、青少年文化の向上と普及に貢献した人および団体に送られる賞だそうです。
44年にしてこのような賞をいただけたこと 感謝します。
ロバが王子になったような気持ち・・・・
いやロバはこれからもロバなりに精進します。

久留島武彦賞の歴代の受賞者はこちらに載っています。

久留島武彦


DSC04989-Enhanced-NR

IMG_5401
今年の8月、テレ東の音楽番組「おんがく交差点」に、がりゅうさんのクルムホルンがフィーチャーされ、カテリーナ古楽合奏団で出演しましたが、今度は上野が単独でプサルテリーで出演します。

放送予定は2026年の2月7日(土)朝8:00〜BSテレ東です。今日、収録が終わり、情報公開可となりました(曲目と写真のみ、内容・感想は公開日まで語れません)。
中世ルネサンスの曲を取り混ぜ、冬のイメージで即興で繋いだプサルテリーのソロと、大谷さんのバイオリンとのコラボは、僕のオリジナルの「胡蝶の夢」です。
内容はお楽しみですが、ぜひご覧ください。

IMG_5351

IMG_5362

IMG_5406

音楽番組「おんがく交差点」でルネサンスの笛「クルムホルン」が特集され松本雅隆が出演しました。クルムホルン合奏ほかカテリーナ古楽合奏団のメンバーも勢揃いしました。
「おんがく交差点」は毎週、様々な楽器を紹介しているBSテレ東の音楽番組。春風亭小朝さんと対談、ヴァイオリン奏者大谷康子さんとコラボする番組です。
放送予定:BSテレ東 8月16日(土) あさ8:00~8:30。

#487収録時写真 (1)
#487収録時写真 (4)
#487収録時写真 (3)

Proliferation for Piano ピアノのための「増殖」Ⅰ〜Ⅲ 
上野哲生:曲 12/2020
今回、かなり昔から書きかけていた曲を形にしてみました。
いつもの古楽テイストとはかけ離れた半無調性、抽象的な手法、しかもピアノベースの曲だが、心の中にあるもやもやしたものを見えるがままに自動書記の様に綴っていいきました。ただそれが何かを表現している訳ではありません。聴き手が自由に何かを想像してもらえれば、それで充分完結するものと思っています。


弾いてみたい方は譜面を渡します。こちらにコンタクトを取って下さい。
https://www.tessey49.com/contact
ただ,演奏会で使用する際は著作権料がかかります。

Proliferation for Piano ピアノのための「増殖」Ⅰ〜Ⅲ 
上野哲生:曲 12/2020
今回、かなり昔から書きかけていた曲を形にしてみました。
いつもの古楽テイストとはかけ離れた半無調性、抽象的な手法、しかもピアノベースの曲だが、心の中にあるもやもやしたものを見えるがままに自動書記の様に綴っていいきました。ただそれが何かを表現している訳ではありません。聴き手が自由に何かを想像してもらえれば、それで充分完結するものと思っています。

演奏を試みたい方はコンタクトを取ってください。

大成功のうちに終った「ロバの音楽座44周年=ロバ祭という音楽会」はあの阿佐ヶ谷ザムザで、フーちゃん、チリンとドロン、そして本当にロバの好きな人たちが集り、素晴しい祝祭になったと思います。
その6月7・8日の前日に同じ会場で、もう一つのドラマがありました。同じ会場で、橋本フサヨさんことロバ君のぜんぷくトリオとご一緒した「ああわれわれは猫である」公演です。トリオと言ってもフサヨさんと鈴木秀城さんの2人マイム芝居。それにロバ5名が音楽として加わり、マイムの面白さを200%出した、めちゃくちゃ面白い1時間20分(くらいかな?)の出来事でした。

neko
この時の監修というか、演出的なアドバイザーが鄭 義信(チョン・ウィシン)さんでした。鄭さんは黒テント出身の劇作家、脚本家、演出家で、演劇界では唐十郎が牽引してきたアングラ演劇を継承し、それを発展させていく役割を担ってきました。また自作の戯曲で「焼肉ドラゴン」などの映画監督も務め、日本アカデミー賞も受賞しています。彼のアドバイスの中でぜんぷくトリオの芝居も音楽を含めてその場でどんどん作り替えられていくことになり、とんでもなく面白い作品となりました。この作品は11月の狭山公園でのフェス、「花と光のムーブメント狭山公園」で演る予定です。詳しくはまたお知らせします。鄭さんにロバも気に入られ、何かご一緒する機会があるかも知れません。
そんな流れで、鄭さん作・演出の「泣くロミオ怒るジュリエット」を観に行きました。ロミオが桐山照史、ジュリエットが柄本時生、という、そう女が一人も居ない、男しか出ないのです。舞台は大阪で笑いの要素も多いと聞いていたので、「男だけのバレエ・白鳥の湖」みたいなものをイメージしていましたが、それはまるで違うものでした。笑わせるところはしつこいくらいに笑わせますが、底辺に流れているテーマは民族、差別、分断、戦争、そんなものがより身近なものとして伝わってきます。

確かにモンタギューとキャピレットはヤクザの抗争のようで、こうしてみると戦争はなぜ起るかが見えてくる。これほどまでロミオとジュリエットの本質を剔った描き方は今まで無かったように思えます。そう考えるとそんな要素を内在させたシェークスピアは凄い、いやそれを引出した鄭さんはもっと凄いと思います。
舞台は色というものをほぼ排除し、♀を排除し、貧困と借金に追われ、暴力と怪我が絶えない日常、そんな中で僅かに灯った愛を成りたせることが如何に過酷なことか、いやむしろ悲劇しか生まない。
不器用で吃音のロミオ、田舎娘のジュリエット、義足のティボルト、片腕のロベルト、虚勢のマキューショー、バカボンに出て来そうな警官、イタリアのベローナの人々のような華やかさは一切無く、すべて生き方として不器用で、世界はこの街しかないと思っているような狭い視野の人々。そんなキャラがぶつかり合い、もめ事を起し、愛し合い、滅びる。ああ、まるで現代社会の縮図のようなこの大阪のベローナの街。そんな中でも誰もがどこかに希望を抱いている。

romio1
3時間半(途中20分の休憩)の激しい熱演は、暫し昔観た李麗仙秘演会の「愛の乞食」を彷彿させる様だったけれど、一つ一つの所作や間合、ツッコミ、非常に洗練されていたと思います。すこしねちっこいけど、動き全てが先の予想を超えて来るのが長丁場の芝居でも飽きることはなかったです。次はどんな構図、フォーメーションで来るのだろうという、常に期待して観てしまう。特に八嶋智人さんの演技は予想を遥かに超えていって素晴しかったです。

romio2
本人はそう思っていないだろうけど、蜷川さんでも無い、唐さんでも無い、演出って言うのはこうやるんだよって観せられたような気もしました。

romio3
アンコールでスタンディングオペレーションがほぼ同時に一斉に起ったのですが、どうもジャニーズ系(桐山照史)の舞台の暗黙のルールとして何回目で立つというのがあるようですね。知らなかった。

僕には5人の妻がいる。5人とも正妻だ。最近6人目の正妻を迎えた。6人目はまだ迎えてから2年しか経っていない、新婚だ。
どの妻もとても可愛いくてとてもチャーミングだ。それぞれの得意な事は限られているし、全く性格が違うので、誰かの代わりは務まらない。役割分担はとても上手くできているし、互いに嫉妬する事もない。
最初の妻は西欧の血を引く、日本生まれの来たプサルテリゥーム、通称プサルテリーと呼んでいる。とても優雅で繊細だ。指でどこを弾いてもとても純粋で透明な、決して肉感的にならない人間離れした響きを発する。

psa25

2番目の妻は生粋のトルコ生まれのサズ。正式な名前はバーラマと言う。プサルテリーとうって変わってとてもキレが良くシャープでとてもリズミカルだ。激しく情熱的にもなるし、大草原や砂漠など地平線に沈む陽が似合うようだ。

saz25

3番目の妻は西欧、特に英仏伊で人気の高いリュート。日本生まれだが、とても気位が高く、気難しいところがあるが、プサルテリーと比べるともっと肉感的で温かみがある。ふくよかな低音と伸びのある高音が魅力的だ。

lute25

4番目の妻はイランから来たサントゥール。2本の鉢で弦を叩くのだが、それは繊細なものからアジタート(決然とした)な音まで多様な美しさと香りと個性を醸し出す。後にピアノに変わっていく楽器なだけに、ダイナミクスとサスティーン(余韻)、繊細なトレモロが持ち味だ。

santur25

実は最初の妻を娶る前に実は妻を一人亡くしている。英国の血を引き日本で生まれたシターンだ。40年くらい前には最もよく良く弾いた。小柄だが、サズと同様リズミカルで爽やかに響き、プサルテリーと同様その頃を共に歩み、一つのスタイルを作って来た。ただ、ドローン弦を作っていたため様々な調性に対応出来ず、次のリュートに変わって行った。時代が経つにつれて響板も凹み音はビビつくようになり、第一線から消えていった。構ってもらえなくなると途端に機嫌が悪くなり、あらゆるところが破損していった。ついに響板は割れて自ら命を絶つ結果となってしまった。
citan25


スチール弦で高音の伸びが良かったが、その役割は5番目の妻のジュラに変わった。ザズの兄弟でとても小柄で機動性があり、様々な調性に対応出来た。
jura25

妻たちの寿命は短いので、プサルテリーは3人目、サズに至っては5人目、サントゥールは3人目、リュートもジュラも 3人目、常に若返りをしている。
若い方が良いかと言うと、見た目は新しくて良いが、特にプサルテリーやリュートの様な響板に薄いスプルースを使ったものは(日本での産みの親は同じだが)、初々しい頃はなかなか良く響いてくれないが、なぜか5年くらい経っと本当にキラキラした豊かな音色に変貌する。当初は慣れて来ただけかと思ったが、やはり熟れた魅力を醸し出す様になって来ている。
正妻同士は仲が良く嫉妬したりしないが、同じ兄弟同士の嫉妬は激しい。新しい妻が来て、そちらを構ってばかりいると、途端に機嫌が悪くなり響かなくなる。調弦もすぐ狂うし、嫌がらせとしか思えない様な仕方のない音色を出す。
今回こんな話をするキッカケとなったのも、新しいリュートに代ってからずっと構ってあげられなかった先代のリュートが、自殺をしてしまったからだ。管理も悪かった所為もあるが、響板に直付けになっているブリッジが剥がれ、全部の弦が完全に外れてしまった。これはもう個人のレベルではどうにもならない。産みの親の所で直してもらうかなのだが、(元々楽器の値段は西欧ベースと中東ベースではかなり差があるのだが)修理費はおそらく新しいサズが買えてしまう。値段を価値とするなら正妻たちの価格はかなり不平等にできている。もちろん楽器の値段で音色が決まるわけではない。
みんな寿命は長くはない。扱いも丁寧でない事もあるが、僕の要求が時に激しい事も多く、物にもよるが15年を超えると音が良くても楽器自体が傷だらけになって来る。響板の剥がれ、割れなどが頻度を増してくる。だったら古いものを大事に直しながら使うことより、次の世代にバトンタッチしていく事も大事な事だ。冷たいと思われるだろうが、結局一人で愛でるだけの妻たちではないので、それを聴いてもらい多くの人たちとの世界観を共有させると言う大きな務めがある。それが偏らないためにそれぞれ役割の違う妻たちがいるわけだ。
最初に話した通り、最近6人目の妻、アラビアからやって来たガタイの大きなウードが加わった。
oud25

低い音で他の妻たちにはない肉感的で、情熱的で、官能的な面もある。口笛や歌と同じ様にフレットが無いから音と音の間を自由に飛回ることができる。最近ウードをフィーチャーした映像動画を作った。ぜひその音色をじっくり聴いて頂きたい。https://youtu.be/lSQ38Z0DEnE?si=yewE5u3Y_S-onIds
この役割の妻は初めてではない。同郷の出身でラウタと言う、もう少し音の高い愛人がいた。この人とは今もたまに逢っているが、ウードに比べるとやや線が細く、それはそれで良いところはあるが、出番は減ってしまった。たまに弾くだけなのに、あまり機嫌が悪くならず、クールな関係を保っている。
他にイラン系の三味線の先祖、セタール。響板部分が皮で出来ているタール。正妻では無い愛人だが、どれも個性的で唯一無二の世界観がある。
不謹慎にもこんな美しい妻たちを侍らせて、一人だけを選べなかったかと言うと、どの妻も万能ではないからた。
例えばヴァイオリンやピアノだと一人で色んな表現が出来てしまい、ある意味万能と言える。ならヴァイオリンやピアノで良いではないかと言うだろうが、それぞれの正妻たちの個性の豊かさは比べものにはならない。
コンサート中、例えば瞑想的なプログラムしかしないとか、激しい即興のみで終わるとか、単一な色合いなら一人で充分だろう。だが、一つの世界だけでは満足出来ないのは,色んな色彩、色んな世界、色んな表現をしたいからだ。
今後、生きているうちに妻の数はまた増えるかもしれない。でも正妻達はいつも可愛がっているから、いつもいい音で鳴いてくれる。自分が自分であり続けられるのはこの妻たちが居るお陰だ。

↑このページのトップヘ