Tessey Ueno's blog

古楽系弦楽器を演奏する上野哲生のブログ。 近況や音楽の話だけでなく、政治や趣味の話題まで、極めて個人的なブログ。

カテゴリ: 経済・政治・国際

「王様は裸だ!」
往々にしてこれを言えるのは子どもなのだ。
なぜ多くの大人はおかしいと思ったことを口にしなくなったのだろう。
社会全体が政治に関して公に意見を述べることは、どこかの国のように拘束されたりしない極めて民主的な国のはずなのに、大人たちは何かに怯えるように意見も言わず選挙にも積極的ではない。
同調圧力という事もあるのだろうか?空気が読めないと言う言葉はよく作ったものだ。ああ、読めなくて結構。本来なら人の数だけ考え方があり、意見があり、趣味があり、心は自由だ。かと言って人の自由までねじ曲げ奪う事のない配慮は、弁えるべきだろう。
喧嘩をしたいわけではない。どういう道を辿るのが良いのか、様々な意見から淘汰されて行くのだろう。
やはり、国会という狭い会議室から数人の政治家の見方が淘汰されないでキマリになってしまう事を「おかしい」「王様は裸だ!」と言わしめるのだろう。
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温品淳一氏、黒川眞一氏(高エネルギー加速器研究機構名誉教授)らは、ALPS処理水の海洋放出における「正当化」、つまり利益と害を比べ、害は国内外の海産物の需要の減退、1000億円以上という処分予算、数十年という長い期間など甚大であるのに比べ、得られる利益についてはほとんど説得力のある説明はない、と言う。利益について政府と東京電力の説明では、福島第一原発の廃炉作業の進捗に支障があり、陸上でのタンクの保存にリスクがあるなどというが、海洋放出の便益と害では圧倒的に害のほうが大きい、と述べた。
今回の海洋放出が「汚染水だ」「処理水だ」と考える前に、なぜこのリスクを考え無しで始めたのかがよく解らない。中国が日本の海産物を買わなくなるなんて予想できたろうし、風評被害をカバーするために福島の漁業関係者に一体いくら政府は支援金を払い続けなければならないのだろう。
検査上ではクリーンな水を放出しているのだろう。だったらこの水不足の折、海に流さないで生活用水に回したら良かったのに。それならみんな安全性を理解するだろうし、こんなリスクを負わなくて済んだろう。
経産省のALPSが如何に優れているかの説明はある程度理解できるが、取除いた放射性物質はどういう経路でどこへ行くんだろうとか、ALPSのような技術が可能なら水を使わない冷却方法を考えるのが先だろうとか、我々日本人でさえももう少ししっかりとした説明や対応が必要な気がする。
まあ説明しないで事を進めてしまうのは、日本政府のお家芸みたいなもんだけど。
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今回、ワールドカップ予選リーグで日本が唯一負けたコスタリカ共和国は軍隊を持たない。日本は憲法で軍隊を持たないと言いながら自衛隊はある。コスタリカは自衛軍すらない。
軍事予算がないから軍隊を持たないのではない。過去の内戦の経験から軍隊を排除し、そして軍を持たなくてすむよう、周辺国との平和外交の努力を惜しまない。ニカラグア、エルサルバドル、グアテマラの内戦を対話によって終わらせるのに大きな役割を果たし(ノーベル平和賞を受賞)、周りの国への平和外交の働きかけで平和の国として認めさせている。当然米国や他国に護られてもいない。
軍事予算は教育費に回している。コスタリカの教育水準は国家予算のかなり多くを占める。
ウィッキに拠れば、かつては農業に大きく依存していたが、現在は金融、外資系企業向けサービス、製薬、エコツーリズムなど多角的な経済活動を行っている。コスタリカの自由貿易地域(FTZ)には、多くの外資系製造業やサービス業が進出しており、投資や税制上の優遇措置の恩恵を受けている。
なお平和への徹底は、警察は銃を持たない。そこまで徹底的に平和への土台を作っている。長年にわたり安定した民主主義政治を維持している国の一つだ。
また「世界一幸福の国」とまで言われている。
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またジェラシックパークや宝島の舞台ともなったコスタリカは世界有数の「環境保護先進国」として名高い。「王冠のジュエル」と呼ばれるくらいに、美しい自然が手つかずのまま残されている。島固有の動植物も多数生息している。
今日本は米国に護られているためかなり周辺国と緊張状態にある。軍事費を倍にすればますます緊張は高まりもめ事の渦の中に巻込まれている。経済的に豊かな状態であればまだしも、節電でこの冬をどう過すか考えている最中である。
今日本が学ぶべきはあらゆる面でコスタリカだと思う。こうなっては遅いのかも知れないが、サッカーで日本がその試合以外の事を含め中国にすら認められたように、今からの行動一つで世界の平和国家の代表になることだって可能なことだ。それは経済からも、平和の面からも、環境からも、全ての面で一番の理想を掲げ、それに向っていくしか未来はない。
 
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ロシアのウクライナ侵攻に対するNATOに歩調を合わせた経済制裁のため、物価の高騰、エネルギー問題、恐らくロシアが経済制裁の影響を受ける以上に経済制裁をする側のリスクの方が高いのではと思われる。日本の経済制裁はかなりの確率で効果が無く、損をするばかりだ。
これを打破する簡単な解決策がある。日本はNATOに準じないで中立国になる。ロシアとは昔通の外交関係を結ぶ。これを米が許さないなら米とはやんわりと手を切る。実際にウクライナを見ても武器は与えても武力で助けてくれる事はない。日本の米軍基地が破壊されるのは困るだろうが、それ以外の場所を真剣に守る義務は米には無い。ただ攻撃目標の第一は確実に米軍基地だ。
それよりもロシア、又は世界一の経済成長を誇る中国と仲良くした方が、経済的にも情勢安定にも良い方向だと思う。軍備もせいぜい海上保安程度のものまでで、憲法9条を盾にほぼ丸腰の状態で他国とつき合っていけば、日本をわざわざ侵攻して行くには現代の国際通年では大義名分が立たないだろう。
バックにヤクザの影をちらつかせながら交渉するのと、丸腰で交渉するのは、長い目で見ればどちらが信頼に値するか、言うまでもない気がする。
喧嘩の仲裁はすることはあるだろう。おかしな事には口を出さざるをえないこともあるかも知れない。ただ、基本の考えとして中立、干渉しないを貫かないと軍備にものを言わすやり方では永遠に安定した国家間の安寧にはならない。腹を割って話す関係も誰とも仲良くしていかなければ話しは始らない。日本の経済と命を最優先する、ジャパンファーストで良いのではないか?
確かに道義的に見ればロシアのウクライナ侵攻はおかしい。でもそれと同じようにNATOもウクライナも交渉の場を作ること以上にロシアの弱体化を望んでいる。だからこの思惑だらけの戦争は終りが見えない。
丸腰の日本がロシアに取込み本気で調停をすれば万に一つ打開できるのかも知れない。蘇秦や張儀などの中国の縦横家の様に身一つで交渉していくような人物を育て上げるには、たぶん戦闘機一機買うより安い。
台湾有事にも(台湾の人たちには申訳ないが)基本、中立の立場を崩すべきでは無い。危ないからと言ってむやみに米国と同調するのは得策では無い。むしろ中国と関係を友好的に保ちながら交渉のチャンスを伺って切込む方が、血を流さずどこも経済的損出をしない方法だと思う。米国は武器を売らないと儲けは出ないが。
昨日、NHK BS「英雄たちの選択」で犬養毅が取上げられた。若い頃から彼は日本の経済に見合わない軍事費の拡大に反対していた。日中戦争の最中、彼は5・15事件で暗殺される2週間前にラジオの前で中国との和平を強く主張した。実際に犬養は孫文の育ての親でもあり、中国の首脳陣と繋がりを持ち、和平交渉が現実になるよう根回しをしていた。その交渉の電報の返信を軍部に隠され、尚且つ徹底抗戦を主張する軍部に暗殺された。
この犬養毅がこのタイミングで取上げられたのは偶然では無いと思う。歴史に学んで欲しいという番組制作者、しいては犬養の怨念が未来に伝えたかった歴史ではないか?
彼の和平交渉が成功していたら日本の歴史は大きく変っていたかも知れない。真珠湾攻撃もなければ東京大空襲、広島長崎の原爆投下も起らなかった可能性が大だ。その後残った日本軍がどんな方向性に向かって行くのかはわからないが、少なくとも300万人に近い戦死者を出すまでには至らなかったろう。
今の日本はこの苦しい経済状態の中、軍事費を現在の5.4兆円から2倍にしようとして、それもかなり現実味を帯びてきている。またゼレンスキーもドイツの元首相が「交渉による解決」を図ることに「不快極まる!」と発言している。誇りと領土が元に戻らない限り戦争は続けると言うことだ。
今一度、人間にとって個人や経済が大事なのか、国や誇りや領土が大事なのか、何が一番大事なのか考えてみる必要がある。
戦争

無理は承知です。机上の空論なのも・・・。
実際に軍備の大半を捨てるくらいでないと、相手に理解されませんし。
国家というヤクザの組織の様なところから銃を取上げるなんて、馬鹿げていると言われてもしょうがないです。
軍備で国家の発言力と格が決るような風習も次の時代の進化しきれていない部分の様な気がしますし、僕にとっては核爆弾だけでなく、殺戮兵器全て無くさないと平和なんて訪れっこないと思っています。日本はそんな新しい時代の先陣を空気を読まず進んで言って欲しいと思いますし、全ての国がもう一歩先の人間に進化していって欲しいと思います。
日本の2〜3箇所核施設に爆弾搭載のドローンが飛べば、どんなに築き上げてきた文化も未来も一瞬で消えてしまいます。こんな事態を防ぐ事ばかり考えるより、人類はもっとこれからの未来を考えることに頭を使うべきだと思ってしまうのです。 

護るものは家族だとして、熊が襲ってきたら身の回りの何か棒のようなもので戦うだろう。
銃を持った強盗が襲ってきたら、どうすれば危害を加えないか説得に尽力するだろう。
爆弾を投下する戦闘機が襲ってきたら、被害を最小限に抑えられる場所に逃げるだろう。
アメリカではこう言う時のために銃を持つ。
熊なら何とかやっつけられるかも知れない。
強盗は銃撃戦になればさらに家族を危険にさらすだろう。
戦闘機は銃ではどうにもならない。銃を持っていればかえって標的になる。
銃を持つなら相手より数段上のクラスの装備をしていないと平和な家庭は維持できない。相手が高性能の武器を持ってくるなら、常にその数段階上を行かなくては安心できないだろう。
そうやって世界最高水準の武器を持つ事が大事になってくる。武器を買うためマイホームに費やす何倍もの対価を払っていく。誰よりも高性能の武器を持っていれば舐められる事はない。ヤクザのバックボーンをちらつかせるのと同じで、気持が良いほど相手を威圧出来るだろう。
そうやっていくうちに、相手もそれを凌ぐ高性能で威力のドデカい武器を作る。こちらの武器を無力化するようなものも出来てくるかも知れない。さらに優れた高い武器を買わないと追いつかない。こうなってくると何が家庭の幸せなのか解らない。武器の借金に追われ、安全を金で買う事はキリが無い。結局力のあるヤッチャンにもう少し金のかからない方法で護ってもらう方法しかなくなる。リスクは高そうだが。
きっと国はそうやって作られていったのではないか?
国が武器を持つなら一番パワフルな武器を選ぶのが良いに決っている。核兵器を持つ事だ。お互いが使っちゃ行けない核を持つ事で、平和になれるというのが今の保有国の考え方だ。でも戦争になったら掟も何もなくなるのは今回の出来事でもよく解る。核は使っちゃあいけないというルールはどこにもない。ガードしているのは自国と世界の世論だけだ。
今、日本国民の多くはウクライナ情勢を踏まえて、憲法を変え防衛費を増やし先制攻撃も視野に入れる事に理解を示し始めている。やるなら防衛費を総生産の5割まで増強しなければ世界一強い国にならないだろう。ロシアどころかアメリカだって引くだろう。
もちろん国民の食料は全て配給制にするくらい統制をとらされるだろう。そこまで安全に保険をかけた国は本当に幸せなのかという問題だ。
僕が思うに、今防衛費をいくら増やしても、増えた分だけ相手の脅威であり、戦闘になる確率はあがると思う。先制攻撃をすれば遺恨が残り、結局いつ来るか解らない攻撃を前に安寧は訪れない。防衛費をどうのこうのと言う前に話合いの場を設ける事が先ではないのか?北朝鮮だって現政権に一度も政府は話合いの場を設けようとはしない。兵器の後ろ盾がないと交渉は出来ないのか?単にヘタレなのか?
独裁政治の国だって、民主主義国家だって、交渉の場を設けて、お互い仲良くする事だって出来るだろう。
確かに僕のは綺麗事だ。だけどその交渉の場を作る事にミサイル一台分以上のお金をかけているのか?ミサイル一台打てばそれで戦意を削ぐならまだしも、結局それで解決にはならない。相手が打ち返せばそれで地獄の始りだ。
結局相手の気持を考えず、武器を持ったり威嚇したり、煽るような事をすれば戦争になる。
今回のウクライナ侵攻がそれだ。結局ウクライナがNATOに入る事がどれだけロシアにとって嫌なことだか、解っていながらそれをやるから今回の事態になったと思う。国同士はそれぞれ自由な選択権があるわけだが、考え方が違っても話合いで共存できる方法はいくらでもあったろうに、ここまでこじれてしまうとお互い後戻りできない。
先制攻撃ではなく、いかに戦闘回避に持っていくか、話合い一つ出来なければそれはとても危険な状態になる。常に取引と落しどころを踏まえて交渉していかなければ、こんな前時代的な戦争は起らなかったろうに。
今回の戦争で誰も得をしないし、幸せになれない。儲るのは武器を渡しているアメリカで、兵器の見本市を現場で実践している。とにかく如何に戦争を回避して行くかが平和に幸せになれる方法で、武器をちらつかせながらの交渉はヤクザの抗争と同じで、結果血と血で洗う状態になるだろう。
もっとも安倍晋三を始め今の与党の多くが参加する日本会議は「主権在民」「基本的人権」「平和主義」を憲法から無くす考えがあるようだ。この辺りの方々はなかなか隣の国と仲良くやっていこうとする発想はなさそうだ。
僕個人の感覚ではもし交渉に失敗し、理不尽にも国を奪われる事態になっても、命あっての物種だと思っている。人一人の価値は国や地球よりも大きい。たとえ住慣れた土地を奪われるような事態があっても、誇りを奪われる事があっても(嫌だけど)、個人一人が生き延びる事がより良い未来の可能性を高めてくれるのではと思う。

「麦と空」ウクライナと何も知らないロシア兵のために by Tessey Ueno


2011年に福島の事を想い作った「レクイエム」という曲(MAG RECORD-002)を、今回「ウクライナと何も知らないロシア兵」のためにリミックスし再構成しました。
とにかくこの戦争は誰が得をするわけでもない、誰も幸せにならない、世界中の誰も良い思いをしない。「プライド」と「誇り」という実態のないものが得をするだけで、焦土と悲しみだけが残っていく。
僅かな確率の中やっと得られた人の命は、誰もが平穏と幸せを得られる権利がある。
やがてやって来るであろう地球の大惨事の為に、人と人は理解し合い協力し合い、、無駄な争いでエネルギーを消費すべきではない。
人間はもう少し進歩し、進化したと思っていたのだが・・・。
動画はStoryblocksから、画像はShutterstockから購入したものです。限りある素材と予算の中での編集作業なので、充分に表現が伝わるかが心配です。
リュート、プサルテリー、タール、ザルブ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、リコーダー、その他、作曲:上野哲生
歌:上野律子

2月26日

結局、邪悪なゴーレムから身を守るには仲間が必要だが、ウクライナ君には助けに来る仲間がいない。
勇者がいなければゴーレムを倒せないが、勇者とは結局地球を破壊してしまうほどの強大な武器を持つものだったりする。
元々世界警察を名乗っていた勇者は今は最新鋭の武器を与えはするものの、直接助けには行かない。
結局、脅威には脅威で対抗するしかないのか?そんな図式に何も出来ない自分等に嫌気が差したりする。
自分がスーパーマンのようなヒーローになって、ゴーレムを一掃してしまえばそれで解決か?
この手の喧嘩は絶対に仕掛ける方が悪いのだが、どうもこの戦争は一筋縄ではいかない気がする。
勇者からもらった武器でゴーレムも結構やられているらしいが、もしウクライナ君が勝とうものなら手を汚さない勇者が儲るように出来ている。
何がどうなっても全てがすっきりしない。自分等の身に迫ったとしたら、どういう行動をすれば正解なのだろう?
とにかく、威信や金儲けが人命より大事なんて事はあってはならない。民を守るために国というシステムを作ったのでは無いのか?

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国、って厄介ですね。
国ってヤクザの組織の様なもので、威信という舐められたらあかんという体裁がある。間違った判断で妥協すれば政権も命も失いかねない。
道を曲げないという意味ではウクライナもロシアも同じで、落しどころをさっさと見つければ良いのに頑として曲げない。要するに政府の意地で一般市民や兵隊の命が危険にさらされているようなもんだと思います。
これが台湾と中国の関係にも同じ様な事が起ってもどこを落しどころにするのか、人ごととはとても思えません。
 
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3月6日
確かロード・オブ・ザ・リングで、ある国が圧倒的な敵の武力に屈しようとしていたとき、「戦うべきだ、誇りにかけて」的な決意で結局戦い、結果的には勝利したという曖昧な記憶がある。
僕はそれを観たとき、結局追詰められたら戦うのか、誇りを捨てて奴隷になるのか、相手が圧倒的な暴力で来るときは戦争も免れないのではと、ただそうやっていては戦争はなくならないのだろうと思った。
今回はNATOに入りたがったウクライナの主張に端を発している。ロシアからしてみればNATOの包囲網が脅威だった事は確かだろう。
もちろん独立した国の主権を奪うのはとんでもない事だ。これは身近な台湾と中国の関係と似ている(僕等の子どもの頃は中華民国の名が地図に載っていたのを覚えている)。でも結局力には力で対抗するしか無いのか?
国家というのはヤクザのノリと同じで、舐められたらあかんと言う事で威信にかけて絶対に主張を曲げない。
それはロシアだけで無くウクライナも同じだ。お互いの歩み寄りや落しどころを徹底的に整理すれば良いのに威信が許さない。高いみかじめ料(税金)を払っているのに、それによって何よりも護られるべき人命が失われるのはおかしな話しだ。
結局、ロシアの核の脅しまで出て来て、安倍晋三が「核共有を議論すべき」まで言出す始末(議論する事は構わないけれど安倍さんが言うと結論ありきでしょう)。ウクライナも最後まで戦うと言う事が本当に自国のため、世界の安定のためになるのか、考えて欲しい。
僕等はウクライナに支援しても、結局武器を買うお金になるのではと思ってしまうのだが・・・。

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3月11日

毎年毎年毎年毎年、この時期が来ると8月6日9日の事よりも更に深いため息が出る。
福島の廃炉の事だ。
別に3月11日近辺のみだけでなくその事を考えている時があるが、廃炉の報道によって重くのしかかる。未だに原子力の廃棄物の処分場すら決っておらず、未だに処理水の問題を住民が納得しているわけでもなく、未だに廃炉の方法も方向性も決っていない。
11年間、時が止ったように何も新たな策が出てくるわけではない。ただただ壊したものを修復する面倒な作業が何世代も先まで残されている。地道にコツコツ進めていく作業では解決しない。人類は未来に向ってもっと新しい可能性を求めて羽ばたいて行こうとしていても、この修復作業が残されているため何年も晴れた気分になれない。
こんなリスキーで面倒な原発を再稼働し、更に原発を増設しなくてはカーボンニュートラルの時代に対応できないなんて言う政治家が日本の中枢に陣取っている。
また「日本の安全を守れない」と核シェアリングを推奨する政治家も中枢に多い。
毎年毎年毎年毎年、うんざりするほど廃炉までの道のりの長さを伝えられ、それでも原子力に頼ろうとする感覚が理解できない。僕も随分日本を守ろうとする政治家のグループの主張を覗いたり少しでも歩み寄れるところがあるのか探ってもみたが、そこに群がる理解者たちが自分たちと違う意見の者に対するヘイトの嵐に唖然とするばかりだ。
原子力を完全にコントロール出来ると言う事は、少なくとも下水を完備していないトイレのような状態で言える事ではない。廃棄物を魔法でお米に変えたり、廃炉が20年くらいで更地になって人が住める状態になって健康被害も起きない。そんなレベルで初めてコントロールできたと言えるんだろう。「福島の原発は完全にコントロール出来ている」なんて言ってオリンピック候補地を勝取った人も居たなあ。
兎にも角にも原子力が日本を守るものなのか、日本を焦土にするものなのか、僕の中では答えは明白だ。
「そんな綺麗事を言っている場合ではない」と言われても、いままで汚しに汚して来たわけだから綺麗事にしたい。宿題は夏休みのうちに終らせた方が良い。
防御ばかり固めても相手に脅威を与えてるだけだ。今を生延びるためにも多少苦しくても、自然な人間の状態に成長したい。

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原発の危険性は出来た頃から充分に言われていたし、解っていた事なのに、文明の進化と共に安全に導いてくれるのではと確かに他人事で済ましてしまった僕等全員の責任でもあります。
脱炭素にしても80年代からずっと言われ続けていたのに、今になっていきなり規制が激しくなり、航空機はあまり言われないのに、ガソリン車どころか暖炉で薪を燃やす事も牛を飼う事も憚るようになってきている。エネルギーも燃やせば殆どが有害なゴミを出すものだし、もっと早くから人間の生き方の指針を示していくべきだったと思います。
人間の生活の中で物理的にここまでは使って良いけれどこれ以上はダメとか、後に後に色々駄目出しがあるから社会も混乱を来すわけだと思います。
まあその場限りの展望で、専門家がいくら注意しても10m以上の津波は来ないとか高をくくって、安全性を出来るだけ安い方に安い方に仕向けた結果が福島の事故なのだから。政府や東電の所為じゃあないにしても、人間の後回しにする方向性は同じだったのかも知れませんね。

 
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3月20日

数日前の夜中、今まで計画停電すら対象外だった我が家が、久々に停電した。
とっさにテレビをつけたが反応がない。リモコンの所為だ。電池を替えなきゃと思った。こんな時だから何時風呂に入れなくなるかも知れないと思った。だが風呂のスイッチを入れても入らない。電気が無ければお湯も出なくなるのだが。いずれも停電してるんだから電気が通らないと復活できないことをイメージしながらも訳のわからない行動と考えが巡る。落着いていてもパニックになっている。
その時はこのまな永遠に解放されないのではと思うのだが、実際には2時間の出来事だった。
あのような規模の地震があると、ほんの僅かな時間だがこの世の終りを意識してしまう。何とも不甲斐ないような話しだが、きっと今の生を受ける前の、ひょっとしたら恐竜の時代の隕石が落ちてくる記憶なのか、もしくはどこかの星で経験した肥大化した太陽が惑星を呑込む地獄図の恐怖なのか、心の奥底に潜む何かを引っ張り出されるような気がする。
これが冒険者であれば一瞬先がどうなるか解らない状況を楽しめるのかも知れないが、ドラマの世界じゃあないんで、命がなくなってしまえばそれを楽しむ事も出来ない。
そんな一歩先が真っ暗な闇の世界をウクライナは味わっている。これは自然災害では無く、人間と人間が意志で防ぐことの可能な生き死の喧嘩をしている。やめようという意志があればやめれるのに、やめない。
やめない限り再び襲ってくることが確実だから自然災害よりタチが悪い。
2時間の停電で狼狽える我々の生活とは違った、そこは地獄そのものだと思う。
悪魔のプーチンは論外だが、ゼレンスキーも人命より誇りの方が大事なようだ。そんなに命をかけてまで国というものは護らなければならないのか?
僕はたまたま日本に生れた。日本は素晴しい国だが、これが中国であってもハンガリーであっても、アフリカの一種族であっても、もし自分のやりたい事が阻害されたり、迫害されたりしないのであればそれはそれで良いと思う。
住めば都。生れ育ったナショナリズムはあるかも知れないが、同じ地球人としてそれは何処でも同じだと思う。
つくづく思うのは、国という存在は「王道」ではなくシマを護るヤクザのような存在の集りでしかない。護られるべき民は威信と国益の前には簡単に犠牲になる。ヤクザというものの特技は死ぬ事が出来る。そんな中に一般の民がつき合わされて何になる?
武器や核にお金を使わなくて済むなら、どれだけ飢えた人たちを救えるのだろうか?
結局どこかが貧乏で居られるからどこかが富むという図式を世界が強引に肯定するなら、それはそれで戦わなければならない事だとおもってしまうのだが。 

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考えても考えても、道理しか出てこないです。直面しないとまだまだ想像の世界のままです。
そのうち日本も似たような状態になるのかも知れません。そうなったとき、自分はどうする事を支持し、どんな行動をとるのか、恐らく今の建前と矛盾だらけになります。
音楽でも詩でも絵画でもあらゆる表現方法を駆使して、違う人間同士でもいかに一人一人が尊いものかと理解しあえる事を信じるしかないような気がします。

2021年1/9(土)放送のNスペはある意味で解りきった問題を提起していたが、最後にポツダム気候影響研究所のヨハン・ロックストーム博士の座右の銘としてドアに貼ったアインシュタインの言葉が痛く響いた。
悪い行いをする者が
世界を滅ぼすのではない
それを見ていながら
何もしない者たちが滅ぼすのだ

アイン
 
この番組はこのまま行くと2030年に地球の平均気温は臨界点に達するといわれている。何もしなければ地球の未来はない。私たちの暮らしはどうなるのか、どうすれば破局を回避できるのか。この10年歩むべき道を考えるという番組だ。
自分を振返ってみればほぼ何もしていないに等しい。
言わば滅ぼす側の人間だ。
このまま人間が地球に君臨し続けるなら、新型コロナ等は一時的なものだが、異常気象は人間が地球に住めなくなる。人間の問題ではなく地球の問題だ。
仮に自分はこうして貢献していると言っても、周囲に影響を及すには至っていない。また仮に古い生産システムに乗っかっている人間から反感を買うかも知れない。
EUは経済成長と温暖化対策を両立できるグリーンディール政策を発表した。
EU委員会のティメルマンス第一副委員長はこう言う。
「私たちの陥りやすいことは”何もしなくても、今の状態が守られる”と信じてしまうことです。変革後、より良い未来が待っていると人々が信じられなければ抵抗をするでしょう。最も重要な課題は、“誰も置去りにすべきでない”ということです。」
温暖化対策に否定的だったトランプに代って、脱炭素を掲げるバイデンが大統領に就任する。当初このバイデン氏も温暖化対策に積極的ではなかったようで、このバイデン氏を動かしたのは若者たちの声だった。今、最も社会を動かしているのは若者たちの運動だ。アメリカを中心に自分たちの未来を考える若者たちの運動家が世界を動かそうとしている。
世界は少しずつ変ろうとしている。ただ、自分としては何もしない者たちの側には居たくない。
何もしない者になりたくない。自分だけが良くてもしょうがない。誰も置去りにしない。一人だけで生きていると思ってはいけない。
誰もが儲り豊かになりたい。色んな事を無理なく挑戦したい。新しい事を、イノベーションを怖がらない。
きっと誰もがそう思えるときには明るい未来が拡がっているだろう。せめてそれを傍観しているような立場には居たくない。

歌えないコンサート。しゃべれない飲み会。握手やハグも出来ない人間関係。

いくらリモートが発達しても人間らしい営みが出来ているとは思えない。

コロナの前の人間らしい生活を取戻すには、コロナの終息しか無い。

 

でも現状でもそれらを取戻す方法は既にある。

全ての人がPCR検査を受けてしまえば良いんだ。

日本は未だにPCR検査数がアフリカのウガンダなどの国と同じレベルだ。

 

大量にPCR検査を短時間に簡単に、それも多量に検査できる機器が日本で開発されている。

既にフランス、ドイツなど西欧の先進国で導入され、感謝状まで貰っている。

それが日本の例の厚労省の足枷で今まで日本では認可されていなかった。それがようやく今日から販売開始となった。

 

それが日本の松戸にある開発ベンチャー会社プレシジョン・システム・サイエンス(以下PSS社)の全自動PCR検査システムだ。世界の多くの国で実施されている全自動PCR検査を支えているのは、実は日本の技術なのだ。

 

厚労省は偽陽性の件数が増えるからとか言っていたらしいのだが、そんなものは何度も検査をし直したら良い。2時間半で結果が出るのだから。

これを東京都内でも何台か持っておけば数日とは行かないまでも数週間で全ての人の検査が終る。陽性の出てしまった人は申訳ないがどこかに留まって治療して貰うにしても、日本人の多くは元の生活に戻れる。経済的にもスポーツ選手にとっても、アーティスト達にとっても、多少の問題は残るもののほぼ全てが元に戻れる。

 

PSS社の検査機器は一台、1千2〜300万円くらい。アベノマスクをまた何億もかけて配ろうとしている金があるくらいなら、そちらに何台も投資すれば良い。また休業要請支援でお金がかかるなら検査費用負担のほうに廻し、人は皆陰性証明書を持歩き、その人達の集りなら何時まででも大声で飲み会OKにして、コンサートや旅行も自由にしてやれば良い。

 

こんな素人が考えても解るような事をなぜ政府は行動に示さない。

これが全てを解決する安上がりで手っ取り早い方法だと思うのだが。

新型コロナさえかかっていなければ、飛沫感染など気にする必要は無い。

 

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20200509-00177769/


Paul McCartney and Stevie Wonder が歌う”Ebony and Ivory”「黒鍵だけでも白鍵だけでもピアノは弾けるけど、両方使ったら素晴らしい音楽になるんだ。」
 

こんなあたりまえな事が理解できるまで人類は100万年かかった。
20世紀は戦争も多かったけど、奴隷制度がなくなった事だけは誇って良いと思う。
人類皆兄弟と言うが、本当に人類はアフリカで生れた一人の母親から枝分れしていったと言われている。恐らくそれは遺伝子を追っていけば間違えのないことだろう。
仮に我々ホモサピエンスでは無いネアンデルタール人だって、少ないが一部彼らの血だって混じっているという。
 

人種差別排除をこれだけ長いことかけて砂の城を築くように積上げてきた努力を、特に米大統領なんかは踏んづけてまわっている。
中東地域に住む人もイスラエル人以外は人だと思っていないところがある。
黒人奴隷制度に反対したリンカーンもネイティブアメリカン(インディアン)は迫害、虐殺していた。
女性と言う存在だって殺しはしないけれど差別はされてきた。女性のリーダーなんて本当に最近の出来事だ。
 

日本だって先住民のアイヌの人たちを迫害し同化政策して、その文化を認めるのも最近の出来事だ。祖父の代は朝鮮の人たちを差別した。今はお金を持っている外国人は受入れるけれど、難民で来た人たちはおおよそ10500人のうち42人、また国際結婚をしても日本の親が死ぬと子は日本で生れても不法滞在となる。「在留特別許可」という制度があっても殆ど活用されなく、とんでもない目に遭っている(知らない方は是非検索して調べてください)。
京都や富士山の外国人旅行者の横暴は取り締れなくても、難民や不当な不法滞在者たちはとんでもなく厳しい。これを差別と言わずに何と言おうか。
総理の所属する日本会議メンバーには「国民主権、基本的人権、平和主義、これらをなくせ」と発言する人もいる。これって残るのは差別でしょう。
 

そもそも血の濃い人たちは自分たち以外を人と思っていない。純血を守るために人を殺すことも厭わないし、ヘイトもやめない。サルだって濃い血を嫌うため、雄は群れから離れて違う種族を求め子を作るのが本能だ。差別は明らかな人間の退化だ。
 

なんか書いているだけでイライラしてくる。少し血が遠いだけの兄弟に何をそんなに恐れるのか。
 

鍵盤は白黒どころか、中世の頃は元々色も無かった。更に言えば白と黒である必要もなく好きに塗れば良いし、現代なら一つ一つの鍵盤にそれぞれ個性在る音色を割当てる事も出来る。
「みんな違ってみんな良い」んだと思うよ。

新型コロナウイルス感染症=COVID-19 の発生から半年が経とうとしています。
 

日本は感染拡大を押え込んでいるなどと世界から評価されたりしています。確かに西欧を始め他の国よりは感染者数、死者数の割合も極度に低く、韓国などと同じように感染は少ないでしょう。でもそれは政府の適切な対処で押え込まれたのでしょうか?
 

日本は国として何をしてきたかというと、厚労省内に2月末にクラスター班を設け4月初めに「緊急事態宣言」を発令し、病院はマスクや防護服の不足の中、必死の努力で医療崩壊をさせないで頑張ってきました。
しかしながらPCR検査が少ないと言っていたのは3月の半ばであり、あれから2ヶ月以上経つが検査が増えているという話はまだ聞きません。感染数が減ったとは言え検査が増えなければ第2波を防げないでしょう。
4月半ばには一律給付金、持続化給付金を決定しました。持続化給付金は電通などIT部門を外部に頼むことにより若干動きが速いようですが、一律給付金は都市部ではようやく申込用紙が各家庭に届いたペースです。
 

日本が感染者数が少なくて済んでいるのは単に運が良かったと言えます。日本を含めた東アジア地域ではその原因は解っていませんが、総じて感染者は少ないのです。生活習慣も有るかも知れませんが、日本は何とか押え込んできました。
それを国が動くことで拡大を防げたかというと、ちゃんと動いていればもっと拡大を防げたと思うのです。
緊急事態な時ですから、こう言う時こそ無駄に多い手続きなどをバイパスして如何に経路を短くするかが必要となります。「自分の責任で・・・」とリーダーシップを取れる人が公務員の中には多くはいないのでしょうか?
ただ大事なのは動くに当って、これを行って間違いはないか、国会ではなく専門家の意見は聞く必要はあります。
 

今回、特に2月の終りに総理は独断で小中高校などを3月2日から春休みまでの間、臨時休校するよう要請を出しました。この判断は結果的に良かったにせよ、もっと早くから準備をしてその休校を生かせる状態を作り休校が始れば、子どもたちだけで亡く親や学校もどんなに助かったことでしょう。緊急事態宣言も出すならもっと準備して説明して、理解させてからならもっと国民も協力したでしょう。どうも政府のプライドと経済と様々な都合でギリギリまで踏ん張って、最後は押切られた感があります。
 

100年前の日露戦争の頃、陸軍の医者としての森鴎外もプライドを捨てられずに2万7千人以上の戦士を殺してしまった同然のことをしています。海軍に対抗して麦飯を出さなかったため多くの人が脚気で死んでしまったのです。司馬遼太郎の「坂の上の雲」でも鴎外のこの独善的な行為を相当怒って非難しています。鴎外は生涯この事の罪を認めませんでした。

結局今の総理は、独善的なプライドで動くとこの森鴎外と同じような結果になった可能性があるのです。本当は早い時期から専門家の意見を取入れ、最初から出費をケチらなければ早い時期から準備をして明瞭な采配が出来たはずです。それ以外の所で検査のバイパス化や給付金のシステムなど、リーダーシップで改善してスピードアップできる方法を模索できたと思います。
 

我々音楽家や演劇人は緊急事態宣言解除後も最後まで正常な形での公演は簡単には出来ないでしょう。少額の給付金を貰ったところで、一度活動を停止してしまうと生の舞台は簡単には帰ってきません。
 

自然淘汰と言えばそうなのかも知れませんが、「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」と言ったドイツのメルケルさんの言った言葉くらいは発して欲しいです。共産党に言われたなどというプライドは捨てて。

4年ほど前に「サバイバルファミリー」(矢口史靖監督)という映画があり、突然全ての電化製品、ガス、水道が突然使えなくなり、家族が生残りをかけた旅に出かけ、最後は当り前の時間、ものの大切さ、ありがたさ、色んな事を感じながら終るというお話しです。僕はこの映画で1曲だけですがサントゥールとリュートで劇中の音楽を演奏しました。(アマゾンプライムでも視聴可。)
この映画、今の世の中の状況と被る部分がとても多いです。今だって政府もたいした事はしてくれなさそうだし、感染を手助けするような動きの人も沢山いるわけで、結局は国や人に頼るのではなく自分でなんとかしなきゃなりません。

今すぐには何も出来ないかも知れないけれど、ウィルスから身を守りながらどうやって生延びていくか、どうやって食料や燃料を調達していくか、これを問われているような気がします。
多分このまま行くと、今までの文明の価値観や社会の在り方がまったく違った世界が訪れるかも知れません。そうなったら政府や県などに頼ることは到底期待できないでしょう。それぞれが個々のアイディアでどう生きていくか考え、一人か、家族か、気の合う仲間同士か、大きな集団を作るか、僕は全く解りませんが、なにか人間としてどう生きていくか、何があれば良いのか、何が幸せなのかをそれぞれで考えて生延びていくような時代が来るのかも知れません。

新型コロナウィルスの影響によって悪い事ばかりではありません。
飛行機が9割近く飛ばなくなり、生産を止めている工場も沢山ある中、空気は綺麗になりCO2濃度の問題も解決しているのです。この頂戴な座禅を組むような時の流れに、人生を見つめ直したり、人間の生き方について考えるようになる人も多いでしょう。

今一度、人間にとってこれからどう生きていくか、何が必要なことか、社会とどう関わっていくのか、大きな転機を迎えるのでしょう。
動物たちはどうでしょう?確かに鳥インフルエンザなど同じような悩みを抱えているのかも知れません。歳を取っても延命をしなければとか考えないでしょう。 ただ人間は経済、社会、家族、家、財産、等と失って困るものが沢山ありすぎて深刻に悩み、それを苦に自殺する人が交通事故より遥かに多いです。
動物たちはそこまで失うものが多くないので、悩むことは多くはないでしょうし、少なくとも自殺はしません(レミングは自殺ではありません)。

最低限何があれば、どうすれば幸せに生きて行けるのか、今までの尺度では測れない価値観が必要になるのでしょう。
そんなことを考えるときなのですよと、これだけ奢り高まった人間社会に対するお告げなのかも知れません。
これも僕が音楽を担当している、今年11月に益子で栃木県の茂木町主催のミュージカル公演『ひとりぼっちのさいしゅうれっしゃ』(いわむら かずお:原作・江藤寛 :脚色/演出)の公演が予定されています。

このお話も簡単に言えば、擬人化した動物たちから見た人間の傲慢さ、価値の違い、不平不満を夜の電車の中で繰広げています。動物たちはそんな中で自分たちで知恵を出して生き抜いているわけですが。

文学や映画、テレビドラマやアニメに至るまで、人間社会の固執した価値観を見直したいという作品は沢山あります。それは観て体験しただけで終りにしないで、この機会に自分の生活価値観を見つめ直す材料にしていければと思うのですが。

時間が止っている。
PCR検査が少ないと言っていたのは一ヶ月以上前のことで、ようやく「地域の医師会などが運営して検査を実施する仕組みを導入する」と15日に厚労省が都道府県に通達した。その間にどれだけ感染が増えたことか・・・。
足りてないベッド数を増やす、ドライブスルー方式の検査も検討する、検査人員を増やす、民間を導入する、その他色んな事を一月前までに行っていたことは何処まで出来ているのだろうか?
ひょっとして医療崩壊だけでなく、官僚崩壊が起きているのでは?

やっと国民一人あたりにお金を渡すようになったのは良い。ただ何のために渡すのかが伝わってこない。
僕はお金を渡すのは生活に困窮しているからもあるだろうが、
「1ヶ月の間何もしないで閉じこもっていて欲しい。徹底的に人と接触しなければウィルスは消えていくから、そのために一人10万を渡す。」
と説明すればまだ解りやすかったのかもしれない。でもそのためにはもっと早い行動が必要だった。いまさらこれだけ増えてしまうと感染ルートも追えない。
「8割、せめて7割」と阿倍さんも言っていたが、8割叔父さんの北大・西浦教授は「僕は7割なんて言っていない」と怒っている。6割などと言った大臣も居た。8割がいかに重要な事かが政治家も官僚も解っていない。だからこのままだと40万人死ぬと言う結論が出てくる。

政治崩壊、官僚崩壊、そんな中でとてもじゃないけど期待は出来ない。出来ることは民間でもやっていくしか無い。一人でも生きていく気構えが無いとやっていけない。
でも医療従事者は本当に大変だ。この方々を差別する感覚は人間とは思えない。
(引退した医療従事者に手を借りると行っていたが、それもちゃんと成されているのかな?)

僕も色々気持だけは動きたい。でも石田純一氏ほぼ同じ学年で、気をつけていないと同じように人に迷惑がかかる。
まあいつか僕でも役に立つ時が来るかも知れない。体力が衰えないためにも多摩川縁を歩く。

多摩川からみる夕日の風景はまるで人間の愚かさをあざ笑うかのように、マイペースで我々を照らしながら語りかけてきた。
「まあ、僕からみりゃあ地球の歴史なんて波瀾万丈、とんでもないことの連続だったよ!」
 

言いたいことは山ほどある。
新型コロナウィルスの政府の措置についてだ。

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まず、今回の事に限ったことではないのだが、世の中の全ての決定事項は専門家不在の永田町のほんの数人の浅知恵のなかで決められ、それが世の中を動かしている。
それはちょうど日本のTV番組がお台場などの小さな数名の企画会議から決定し、内容によってはそれが日本を大きく動かしているのに近い。多くは間違ったことは言っていないかもしれないが、納豆が身体に良いと言えば明くる日のスーパーの棚から納豆が消え、その辺りの社会的影響力を考えない。そんなレベルで日本が動いている。
 

首相が意気込みだけでどこでも検査を受けられるようにする、と言えば厚労省からそれはすぐにそんなことは出来ないと言う。全てが行き当りばったりの方針で、しかもその方針がどのように影響してくるかを考えずに発言するから、全てが混乱状態になる。
学校をほぼ全て休校にしたために、低学年の子を持つ看護士や介護士が手薄になり、老人医療機関や介護施設が危機状態に陥るだろう。今回の決断、そこまでのことを考えたとは思えない。
産業も低迷が続き、それも世の中の底辺にいる人たち(僕等のような自由業)は保障も何もない。中止のコンサートは何の対象にもならない。
お年寄や感染率の高そうな人たちとの接触を徹底的に避け、基本的な手洗を始めとする感染防護を徹底することで、世の動きを通常にすることは考えなかったのか?今のままなら学業を停止した子どもたちが休みが増えただけで、ゲーセンや原宿に繰出す土日が毎日の出来事になったに過ぎない。狭い学童に居るなら教室を開放した方が人口密度も少ないだろう。何をするにも全てが中途半端だ。


結局の所、オリンピックをなんとしてでもやりたいという首相の願望に踊らされていると言われても仕方がない。福島原発は完全にコントロール下にあると嘘を付いてまで獲得したオリンピック開催権だ。
オリンピックを夏にやる必然性はない。東京オリンピックのようにウィルスの嫌いな雨期を2度も経た秋口の開催にすればなんの問題も無いだろう。東京でマラソンも出来る。
欧州のサッカーや米の大リーグの放送権が天文学的数字とも言われているが、せいぜい4500億円。やれない損失を考えるより、払ってやっちゃうならもんくいわれないんじゃないの。米からの戦闘機を数機分買わないでそっちに回せば問題ない。
まあ多少譲歩しながら日をずらしてずらせないことは無いと思うけど。いくらか安くなる方法もある。まあ、無理してやることはないが。
 

とにかく今の政治は王様が一言やると言えば官僚が大あわせてそれに合わせて大童で指針を作る。そこに専門家を入れればまだしも、なぜか自分たちだけでやろうとする。
クルーズ船の感染もちゃんと徹底した専門家が指導していれば、あそこまで大事にならなかったのではと思われる。
 

本来物事を決めるのは少数精鋭でなければ決るものも決らない。ただそれは精鋭であるから良い方向に進めるものだと思う。
余談だが日本がソフトウェアの開発に弱いのは、どこも少数精鋭ではなく、ただの少数で分け前を多くしようとしているからだ、と思われるような大勢が殆どだ。
まだまだ日本は優れた頭脳が埋っている。その頭脳も持腐れのように立上がる場を持てない。
そういう眠った高スペックの人たちにももう少し世にものを言うことを頑張って貰いたい。このまま日本がどんどん駄目になっていくのを観ているのはしのびなく思わないだろうか?

nenga20

あけましておめでとうございます。本年もどーぞよろしく。
今年の年賀状です。(クリックで拡大します)
新しい時代、新しい出遭い、環境、想像を絶する様々な出来事を受入れ、邁進していきたい所存であります。
ロバの音楽座は結成38年。カテリーナ古楽合奏団は47年。
琴久は社会人一年生。和婆は93歳を迎えます。
新年の動く年賀はまだ先です。令和元年版他、昨年までの年賀をお楽しみ下さい。
http://magi.o.oo7.jp

music site では配信、新動画に加え、楽譜販売開始です。
https://www.tessey49.com


はたして2020年は良い年になるのか?


年明け早々、とんでもないニュースを聞いた。アメリカによるソレイマニ司令官殺害だ。
この事がどれだけ大変な事か、イランの楽器を演る僕は常にイラン情勢が気になるのである程度は解ることだが、これは第1次・第2次湾岸戦争に匹敵する戦争になる。

イラン革命以降、米とイランの対立は今ここで述べはしないが、今まではイラクに代理戦争(イラン・イラク戦争※)をやらせてイラクの後で武器を回していただけだった。「悪の枢軸」とは名指しで言っていたが、直接手を出せば如何に大変な事になるかは知っていた。

思いだして欲しいのはその後イラクが必要なくなったら言いがかりをつけて第1次湾岸戦争を勃発させた。2003年は、核兵器を持っているという在らぬ疑惑を突きつけ第2次湾岸戦争を勃発させた。イラクには核兵器もウサマ・ビンラディンも結果的にはいなかったが、イラクには謝罪も何もしていない。さんざんイラクをめちゃくちゃにしておいて。
同様にイランにも核を持っていると経済制裁を課し、「イラン核合意」で屈辱的な視察までイランは受入れた。

トランプが台頭してから「イラン核合意」から一方的に離脱し、経済制裁を強めイランを怒らせた。わざわざ火種になるものを突きつけた。
その後に日本のタンカーに攻撃を仕掛けたと言うが、誇り高いイランのことだから宣言もしないでこんなことをやるはずも無い。それに乗じて反応した民間か海賊か、自作自演の可能性だってある。そんな小競合いはすべてイランが仕掛けたことになった。
その大義名分があってのソレイマニ司令官殺害だ。彼が関与した証拠は何もなしでだ。
アメリカはまさに映画「マイノリティ・リポート」の殺人予測みたいなことで処罰が可能になっているようなものだ。

この強引な戦争の引金は太平洋戦争の前にも、ベトナム戦争の前にも仕掛けている。日本も戦争を起した罪はあるものの、それは米の挑発に乗って起した部分は大きい。

皮肉なことに米は核のバランス・オブ・パワーで北朝鮮には手を出せなくなっている。となればもう一つの悪の枢軸=イランに矛先が向く。とにかく兵器を作ることで米はずば抜けた産業を産んでいる。脅威が無ければ兵器は売れない。

こんな世界的犯罪を、秦の趙高(鹿を見て馬だと同意させる)や令和の晋三の側近のようにどの国も何も言えない。
怖いのはこのまま日本もイラン攻撃に尾を振って参加する可能性だってあるわけだ。
これだけの過去の歴史を踏まえて尚且つ米に従うのは、まさしく趙高の言う「馬鹿」か、誇りを失った亡者だろう。美しい日本はどうした。

2020年は本当に良い年になれるのか?気象問題=復興問題=温暖化問題とも切羽詰ってきている。介護問題、少子化問題、山積みとなっている。自分が生きたいように生きられる人がどれだけいるのだろうか?親の介護、復興など、人のためにしか稼いだお金を使えない人がどのくらいいるのだろうか?
その軸になる経済も、多くの会社がイノベーションを起せず古い体質で護りに入るしか無い。みんな毎日、その日を生きるのに必死で新しいアイディアなんか生まれる余裕なんか無い。
米から買う兵器を無くすだけでもかなりな経済補填が出来ると思うけど。
(そんなの買うくらいなら、核兵器を持っていると自爆をしてしまうようなプログラムを開発すれば良いのに.・・・冗談だけど、脅しを含めたそっち方面の開発なら安上がりのような気がする)

オリンピックは好きだし日本の若いアスリートも頑張ってるけど、オリンピック自体に経済を期待してもリスクだらけで意味のない事だと思うよ。台風や原発の復興もまだまだだし、働きたくても介護しかしていない人が恐ろしいほど沢山いるのに。 

※アラビア語のWikipediaではイラン・イラク戦争を第一次湾岸戦争と言うこともあって、まさに米の代理戦争であることを物語っている。その場合2003年のイラク侵攻を第三次湾岸戦争という。 

亡くなってからもの凄く多くの報道があった。始めて中村哲氏の名前を知った人も多く居たのだろう。
あとからこれだけの数の偉業を伝えるなら、なぜ生前にもっと特集を組んで彼の活動を伝えなかったのだろう。もっとペシャワール会に寄付金を募らなかったのだろう。今更遅いよ!

そもそもアフガニスタンがこんな状態になったのは米のイラク侵攻から繋がる一連の不祥事!!から事が始っている。アフガニスタンを壊したのはアメリカだ。日本はそれに後押ししているのだ。
この事に日本人として申訳なく思っていた僕は、中村氏の「医者、井戸を掘る」を読んだ時、ペシャワール会に寄付金を送った。
この本が絶版になっているのか、中古で数千円のプレミアが付けられているのも悲しい。

「日本が米国に言われるがまま、自衛隊を米軍の下部組織として海外派遣することが一番迷惑だ」と哲氏は生前言っていた。

医者井戸を掘る

博多で飲んでいる場で隣の人と哲先生のはなしになり、僕の知り得る事を讃えるように話していたら
「君に哲先生の何がわかるんだ」と怒られた。
地元では神様の事を勝手に語るなと言わんばかりで、そりゃ人の人生、どんなに頑張った偉い人でも細かな所までは知り得ません。大事なのは僕にとっての哲先生が僕に何を影響し心に残ったかだと思ってる。

僕は僕で自分のできる事を考えていくしかない。
でもそんな福岡にあって縁があって羨ましい。生の気骨を感じられるだけでも凄い。
本当に誰からも恨まれたとは考えられない、何が間違った出来事だったのだろう。残念!!

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