Tessey Ueno's blog

古楽系弦楽器を演奏する上野哲生のブログ。 近況や音楽の話だけでなく、政治や趣味の話題まで、極めて個人的なブログ。

カテゴリ: 心と体

夏に鰻を食うという土用の丑の風習は、夏に流行らない鰻屋を儲けさせるために平賀源内が考え出した妙案だが、その呪いは300年経った今でも日本経済に多大な影響を与えている。僕もその呪いにかかってしまい、今頃の時期一度は食べないと調子が上がらない。
国立市には「うなちゃん」「信川円」など有名どころの鰻屋はあるが、小学校時代を大阪で過した僕は、今年こそ蒸さずに焼く関西風の鰻を食べたかった。
休みのうちに大阪万博を観に行くと言う口実で、心斎橋で「まむし」を食べる旅行をしようかと思っていたくらいだ(暑いから多分やらない)。
調べてみると意外にも近くに蒸さずに焼く関西風の鰻の店があった。西国分寺駅近くの「ひらやま」という店だ。

平山
うな重 梅:1900円 竹:2700円 松:3500円 と値段は他の店とそう変らないが、この店の目玉として高尾山盛り:5450円というのがある。松が鰻1尾分だが高尾山盛りは2尾分あり、大阪の「まむし」のようにご飯の中ではなく、2尾が所狭しと山盛りになっている。
ここは人気店で飛込みで行ったら予約でいっぱいで、2組目で待っていたけれど1時間以上待たされた。
ここまで待ったのならと高尾山盛りを頼んだ。一尾の松が3500円なのに二尾の高尾盛りが倍ではない、5450円だからかなりお得感がある。血糖値が高めで注意しているから、ご飯は少なめにしてもらった。
ここは他に「ひつまぶし」も人気があり、コースで飲み放題を付けて居座る人も多く、お客さんの回転はとても悪い。行くなら予約は必須だと思う。
さてその高尾山盛り、さすがに普通の大きさの重箱にひしめき合うように鰻が重なっている。インパクトが凄い。愛知県西尾市産の鰻だが、久々の関西風は皮がパリッとして中は柔らかく、少しタレは甘めだが。まさに求めていた大阪の味で美味しかった。
una
小さな吸物は付いてくるが、肝吸や漬物はトッピングで頼まないと付かない。次回は肝吸やひつまぶしも食べてみたい。色んなコースもあるようだ。必ず予約をして行った方が良い。
気になる体重は昨日と変らなかった。鰻二尾でも魚料理の方が、焼肉屋で満腹になるよりヘルシーなんだと思う。
ご馳走様でした。

息子・琴久は誰に似たのか、酒飲みだ。
非常に過酷な教員という仕事の最中、唯一心の癒しとなっているのが、温泉と酒らしい。
知らない街でも居酒屋を開拓し、店やお客と意気投合し、2軒目や3軒目に行くことも良くあることらしい。
温泉事情、居酒屋事情は本を書けるほど詳しいが、本人はそれで何かを残す気はないらしい。
半年ほど前に琴久が、
「西荻にお気に入りの店があるんだ。今度行こうよ」と珍しく僕を誘った。
西荻は大学を出て程なく住んだ場所だ。45年も前で、古楽器など、ほとんど知らない頃だ。
西荻に住むことで、ようやく電話番号が「03」になると喜んでいたが、(音楽業界と関係を持つなら「03」の電話番号を持っていないとと良く言われていた。)実際には100メートルほど都内から外れて武蔵野市だった。結局電話番号は「042」のままだった。
「中華なんだけど、豚足やビーフンが美味いんだ。」
「まてよ、西荻で豚足と言えば、あの台湾料理屋か?」
「ええっ、知っているの?」
知っているも何も、45年前、ここに2日に一回は通った常連だった。店がまだ健在だとは思ってもみなかった。
まさか息子と2代に渡って同じ店を見つけて、共有出来るとは夢にも思っていなかった。

4FA0C5C5-EE12-40E5-951F-1A896D51031D
琴久とはなかなか都合が付かず、8月のある日、ようやく45年ぶりの台湾料理・珍味亭に再会した。
先代の親父さんは(当時から歳を取っていたが)流石に亡くなっていたが、その息子と孫が珍味亭の味を守りつつ頑張っていた。息子は恐らく僕より年上で、当時は眼鏡をかけ今の孫そっくりの顔だった。

珍味亭親子
料理はほとんどが特製のタレに漬込んだ豚肉の様々な部位が中心だ。まず生にんにくの入った醤油が小皿に出される。ほとんどものをこれにつけて食べる。豚足は特に有名で、店の前のデッカい寸胴鍋にゴロゴロ入っている。日本の光景とは思えない、千と千尋の親が豚になってしまうあの店のイメージが近い。耳、頭、タン、胃袋、子袋、尾、卵、などが同じタレで煮込まれている。特に尾が美味い。火を使う料理は木耳肉炒、焼米粉と汁料理のみで焼米粉の注文が入ると店内が大蒜と油の煙で満たされてしまう。琴久は一番気に入ったようだ。ここの味は日本広しと言えど、ここにしかない。

4EF46501-FF94-4C8D-BF59-FB5DBB1F6571
残念なのは当時行けば必ず飲んでいた台湾パイカル(白乾児)が15年前に生産中止となったことだ。これは中国の60度近くあるパイカルとは違い、35度くらいの飲みやすくすっきりとしたパイカルだ。昔を懐かしみこれを求めて来て残念がるお客も多いとのことだ。あと当時の親父が作っていた腸詰もなくなっていた。昔はガス台の上に何本もの腸詰が垂下がっていた。
パイカルの替りに孔府家酒というのがあったが、度数が強く中国のマオタイ(茅台酒)に近い味だが、結構きつく感じ、琴久も相当これには苦戦したようだ。台湾紹興酒がこの日は最も飲みやすく美味しく感じた。ここの全ての料理に合う。

D4C33393-69E2-49BA-941C-60081BF54B24
西荻南口の界隈は店は多少変ったが、昔の風情は保ったままで、それが良い。琴久のお陰で再びここに来て、店の大将も親子二代でと昔のような会話をし、こちらも親子二代でやって来て、昔のように知らない隣の親父と会話も盛上がり、何か感慨深いものがあった。世の中も自分も随分と変化したようだけれど、故郷を持たない僕にとってこれほど故郷を感じたことはない。
2A644FDF-91B6-4DD1-894A-27DD00BCDE30

ちまたでは何でもかんでもAIという言葉が氾濫している。
まあ、その機能自体は凄いことは解るが、何を持ってAIとしているのか解らない。
AI 内蔵アプリ、AI 内蔵PC、AI 機能付テレビ、生成AI動画、今やどうもAIと名が付かないと売れないらしい。
調べてみても、どうやら確立したAIの定義は無いようだ。自社の製品がAIだと言えばそれはAIなのだろう。メカニズムが公開されていないだろうから、評価の付けようが無い。今のことろプログラム自体が自分で判断して、それを処理能力の速さでさも自分で考えた如く形にする所が脅威なんだろう。

ついに僕が良く使うPhotshopにも生成機能が付いた。なるほど、確かに言葉にした内容をあっという間に鮮やかな色彩で構図のしっかりした鮮明な画像を提供してくれる。プロフィール写真の味気ない背景を森の中に変えたりしてくれる。使い方によってはなかなか便利な機能だ。ただこれは本当にPCが自分で考えたのだろうか?僕が見る限りでは学習機能の進化系にしか見えないところが多い。

現在の漢字変換は優れていて、変換の確立の多いものを第一候補に挙げるだけではなく、流行語や話題のキーワードもいち早く取り入れ候補の上位になる。今のAIはその判断が瞬時であり、人に判断させないで最初から候補を決めて提示する傾向がある。膨大な情報量の中から一番ヒットする可能性のあるものを選び出し答えとする。果たしてこれは知能なんだろうか?

Photshopの生成機能で「平安時代の和歌を読む美しい女性」なんて入力すると、どう観ても西洋風の女子高生がコスプレをしてる様な画像しか出てこない。Photshopを作った西洋人の視点で集めた情報の範疇でそれ以上のものはそこには無い。逆に情報を持たない異邦人が想像で絵を描いたらとてつもなく不思議な創造物を描くに違いない。
「見たことない様な不思議な生物」と入力するとどこかの三流SF映画に出てきそうな、確実に見たことのある映像が出て来る。実際、普通の人が考えてもそんな発想しか浮かばないだろうが、広大な情報と高度な処理能力を持つPCが、芸術家を超えてもおかしくはないだろう。
今のところAIは極度に進化した学習機能を持ったプログラムなのではと想像がつく。僕が期待するのは人間を遥かに超えた新人類としてのAIの誕生だ。AIに仕事を奪われるとか、そう言うケチくさい話ではない。如何に新人類と共存できるか、如何に心を通わせることができるか、そして如何に住みやすい地球を互いに作り上げて行くかだ。それはきっとアーサー.C.クラークのSFに出て来る様な人間の人智を超え限りなく進化した、何億年と生き抜き宇宙人の様な存在だ。

もしすでにそんな人工知能が新たな自己進化形成や発想力を持っているなら、世界のあらゆる紛争を解決する方法が見つかって、それらが実行されて、今よりはるかに平和な時代が訪れているだろう。環境問題、人種問題、貧困問題、食糧問題、ありとあらゆる方向から世界を良くなる様に力を貸してもらわないと、この様なロボット産業は単なるお金儲けで終わってしまう。
僕らの時代にとって人工知能と言えば鉄腕アトムだった。おそらく何十年後には自分で考え、自分で行動するロボットの様な存在が生まれて来るだろう。音楽だって敵わないほどの素敵な曲を作ってヒットするかも知れない。それはそれで良いと思う。優れた才能が出て来るのはAIでも人でも同じことで、僕が音楽を作るのは僕の心の中の問題であるからだ。AIが自分の代わりに音楽を作っても、それは他の人に作って貰うのと同じで、だったらわざわざ自分が音楽をやる意味は無い。

ただ、手助けをしてもらったり、情報をもらったりする上ではこの上なく便利な道具として、AI的?な優れたPCプログラムはこれからも使わせて貰うだろう。

子どもの頃は僕は野球少年だった。
小学校卒業の頃まで暇さえあれば野球をしていた。小5の頃はそこそこ飛ばし屋だった。守備は肩が弱くあまり上手くなかったが、それでも小学校の代表に選ばれたりした。
その野球少年が一番憧れていたのが野村克也選手だった。
 

子どもの頃は王や長島が活躍した全盛期で、本来僕の周りは殆ど巨人ファンだった。
叔母が報知新聞社に勤めていたため、巨人戦はたまに連れて行ってもらった。後楽園スタジアムのグラウンドは子どもにとっても輝かしかった。
まだ川上哲治が監督と選手を兼任する頃で、朱バットで代打に出たりしていた。王貞治も最近までピッチャーだった名残で、たまにマウンドを踏んでいる姿があった。長島は仕草がひたすらかっこよかった。金田も現役で登板は無かったが、まさに全盛期で投球練習を拝む事が出来た。

観に行った試合は大概巨人が大敗した。当時金田がいても最下位の国鉄スワローズに1対12で負けたりしていた。なので巨人は強いチームと思わなかった。
テレビが家に入ったばかりの日本シリーズは南海ホークスと読売ジャイアンツ戦になり、ストレートの4勝無敗で南海が優勝した。
その時のピッチャーはアンダースローの杉浦忠が4連投し、長島や王をバッタバッタと倒した。その年杉浦は38勝もしている。さすがに杉浦のこの活躍は長いことは持たなかった。

その杉浦の配球を補佐していたのが野村克也だった。名実共に南海のトップバッター、名捕手で、確か9年間のうち5度に渡ってパリーグのリーグ優勝を果している。打撃も王貞治には及ばなかったが、歴代2位の記録は沢山持っている。王選手がいなかったら日本のトップバッターだった男だ。
攻守にわたってチームを優勝に導く中心的な役割が野村選手だったわけで、子どもの頃の僕にとっては王や長島と比べるべくもなく凄い選手だった。
 

ただ世の中は王や長島の時代で、野球と言えば巨人という、テレビ放送も巨人を中心にしか廻っていなかった。なかなか南海ホークスの試合を見ることも出来ない。
野村がどんなに凄くても、その栄光や実力を知る人は少ない。近年では監督でヤクルトや楽天のような弱小チームを何度も優勝させたり、その手腕が讃えられたりしているが、本来選手としてもの凄い人だったという事を忘れてはならない。
 

野村克也

「自分をこれまで支えてきたのは、王や長嶋がいてくれたからだと思う。彼らは常に、人の目の前で華々しい野球をやり、こっちは人の目のふれない場所で寂しくやってきた。悔しい思いもしたが、花の中にだってヒマワリもあれば、人目につかない所でひっそりと咲く月見草もある」
これは史上2人目の600号ホームランを達成したときの言葉だが、決して謙遜して行っているのではなく、日が当らなかった悔しさが込められていると思う。本来巨人に、いやセリーグに野村がいたら彼の活躍はもっと表に立っていたろう。晩年、彼のぼやきはそうした屈折感が言わしているような気がする。


本来日の当る方のトッププレイヤーは謙虚である。だからこそ日の当らなかった野村克也は奥さんを含め言いたい放題言うのである。そういう環境に置かれてしまったのだ。
でも僕は忘れていない。彼の采配、打撃センス、その総合的な実力はおそらく日本最高の野球人だったと確信している。

関連記事→プロ野球 野村克也さん死去 84歳 戦後初の三冠王

11/10の自治医大病院で起きた、死者を出した車の暴走事故。

jiko

僕はこの日検査でここに来て、事故の1時間前にバスから降りてこの場所を横切った。帰りに何が起きたのか?玄関から出られず、外ではパトカーから報道陣でごった返し、とんでもない騒ぎになっていた。(写真は事故の1時間後くらい)
運が悪ければ僕はここで死んでいた。たぶん1000分の1くらいの確率でジョーカーを引いたらアウトだったのだろう。運が良いだけで、結構危険な毎日を過しているのかも知れない。
久しぶりに死ぬという事を考えてみた。

若い頃から、49歳にしてシベリアで人知れず死んでいくという夢を何度か見た。テレビで見た映画の影響なのかも知れないが、やけにリアルで、自分はそのくらいまで生きることが出来たら充分な気がしていた。
なぜ49歳なのかが解らないが(4と9は僕のラッキーナンバーだが)、後にノストラダムス予言の1999年問題もあり、それからなんとか生き残って2年ほどしたら49才になり、その辺りにたどりついて一人死んでいくのかとも解釈した。

20歳くらいの時には十二指腸潰瘍で2リットル輸血をして難を逃れるほど血を流した。医学の歴史は詳しく解らないが、200年早く生まれていたら確実に死んでいたに違いない。因みに生まれるのが100年弱早い漱石は胃潰瘍で死んだ(関係ないけど49歳)。
他に2cmの巨大な結石が腎臓に詰まった時、40際の時の潰瘍の再発の時、大腸癌、その他恐らく200年前なら死ぬような病気は沢山経験してきた。逆に昔だったらそんな病気にはならなかったという説もあるが。

49歳になっても地球は壊滅状態にはならなかった。在る意味非道い状態ではあるが、滅亡とまでは言えない。自分の夢で思ったのは一人生き残ることの方が恐怖があった。

元来大昔の生物は細胞的には老いがなく、死ぬことをプログラムされていなかった。ある時雄と雌に別れて生殖によって命を繋ぐシステムに変わった。この時遺伝子にテロメアと言う寿命のプログラムが組まれる。これにより全ての生命は永遠に生き続けられることになり、個体としての死を受け入れるようになった。
お子さんの居ない方々には申し訳ないが、自分の命は自分の子どもたちに託す事になる。カマキリのように子どもを作ってしまえば親は用なしになる。そうやって命を繋いでいくのが雄と雌の存在システムとなる。生物学的にはだが。

種族や部族、家族が生き延びれば死は大きな痛手はなかった。その人に会えなくなることは悲しくても、他が生かされることで損出にはならない。

近代になって、人間は個人で完結するようになった。それは本を読んだり音楽を聴いたり、学問を学んだり仕事を選び技術を持ったり、自分の親や息子と共有できない人生を持つものがほとんどの現代人だ。つまりそういう人生は次の代に受け継がれないし、受け継ぎもしない要素がほとんどだ。

そういう流れだからか、僕自身は死に対して恐怖を抱く以上に、今まで生きられて儲けもんで、感覚的にはいつ死んでも悔い無しと思える。
曲作りとして自己満だが納得のいく作品もいくつかあり、もう少し知名度があって世界規模で聴いて欲しかったとも思うが、歴史の中ではきっともの凄い天才が何人も人知れず埋もれていっただろう。
亡くなって注目を浴びる人もいるのが、本人にとってはそんな死後のことは認知できないだろう。本人がどう生きてどう満足したのか、それだけで良いではないか?

ただ、いくら自分だけが死を克服しても、やはり家族や周りの人々が悲しむのを想像したくない。
実際にまだまだ美味いものを食って酒も飲みたいし音楽も作りたい。面白い映画や本も見たいし新しい友人も作りたいし可愛い女性の顔も拝みたい。ああ・・これが本音か。

iPS細胞研究の山中伸弥さんがノーベル医学・生理学賞の受賞した。山中さんが賞を取るまでまた相当の時間がかかると思っていたが、こんな早いとは思わなかった。日本人として誇らしい、本当に素晴らしいことだ。

 

で、へそ曲がりな僕はちょっとした心配がある。こんな素晴らしい研究成果が実用化していくと、人間は死ななくなってしまうのではないか?
確かに老人には長生きして欲しいし、僕の大切な人たちもバタバタと亡くなった。高額の医療技術を施しても生きて欲しかった人たちが沢山いる。ただ、そんな気持ちと裏腹に生命の摂理は長生きすることではないと思う。

 

単細胞生物は元々寿命などなかった。老いて死ぬという観念が元々生命にはなかった。それが何億年も前に、子孫を残し次の世代にバトンタッチすることで永遠の命を得るという形が生まれた。
DNAには「テロメア」と呼ばれる構造体があり、年と共に短くなる。それはグリムの「死神の蝋燭」に例えられたりもする。
「不老」だった生命は、進化の過程でテロメアを設け、老いて死ぬと言う道を選択した。それは雌雄を分けて子を産み、次の世代に命を託すことによって永遠の生命に至る、壮大なシステムの完成だ。
ここに生殖=愛という観念が始まる。つまり死と愛は同時に生まれた観念だった。

いわゆる不老不死はそこに君臨する権力の我が儘であり、死の恐怖を克服できないから求めるものとなる。我々は子孫を残したり、作品を残したり、人に勇気を与えたり、迷惑をかけたり、生きている何かしらの軌跡を残すことですでに不老不死なのだ。
僕自身ももう自分では充分生きた気がしているが、まだ自分にしか出来ないことが幾らかあるようなのでもう少し頑張ることにしている。綺麗な幕の閉じ方が出来れば良いのだが。

昔からずっと思っていた自分の中の真理がある。
それは人が少しでも今以上に豊かになろうとすれば、地上の物質の量に限りがある以上、必ずそれは戦争になるということだ。
人類は少なくとも豊かな生活を求めてきた。能力の差があるから他の生物との間には戦争らしき事は起こらなかった。
かつてのどの生物より人類は栄えた。抵抗勢力がないため、他の生物の多くは絶滅の危機に至っている。
人間がそこにいるだけで、年間4万種という生物が絶滅しているといわれている。

農業の普及は一時的には乱獲を和らげるに至ったろう。
養殖で増やすことは野生の食の絶滅をいくらか押さえるだろう。
ただ欲求としては人間は天然の味をますます求めている。

豊かになろうとするだけで、人間は人間の間で淘汰されようとする。
一方で人間は平等の名の下に最低水準の生活をしても生かされ、多く儲ける者の利益を儲けの少ない者に分けようとする。
これも所詮限りがあり、無理の生じる時期が必ず来る。
町の小売店をつぶしても大型スーパーやディスカウントの店などが流行るのは、多少モノが悪くても安ければ多くの人間が生き残れるというところに配慮があるのだろう。
小さいモノがでかいモノに吸収されてしまうこと自体が、個性や文化の芽を摘んで、世界で生き残れる芽を摘んでいるようなモノだと思う。
このこと事態が一世代前の社会主義化を目指すような気がするのだが・・。

北欧のとある国のように高い税金をかけて、医療や老後を安定させるというやり方がある。
ただ、重税は経済成長が前提であり、他から搾取しなければやっていけない。
いずれはどこかと摩擦に至るだろう。
結局ニーチェは「権力への意志」で「そんな綺麗事じゃすまないよ」と言いたかったのだろう。
老子は小国寡民で情報の行き交わない小さな世界で無になって乗り切ればよいと言う。
仏教やいくつかの宗教は教義から欲を外すことで人同士が争わずに済むような精神世界を勧めている。

すべての人が幸せになるには、何かを信じるか、思考や価値の変革を起こすしかない。
ただ、今の日本では宗教も持たず、多くの者は知識も見識も知恵も忍耐なく、どうやってこれを乗り切れるのだろう。
現実以外のところで主役になれるゲームやセカンドライフ(アバター)、その他様々のバーチャルな世界が持てはやされる。
きつい仕事の中で更に上司から文句を言われ、対人関係も悪く恋人もできず・・・そんな現実よりバーチャルでもヒーローになれたり認められたりする方が楽しいに決まっている。
バーチャルを推し進めることによって、ある意味で誰でも安く幸せになれると言うことなのだろう。
これがあるから不満が少ないのかもしれない。つまりこれが平和の象徴になる材料なのかもしれない。

おそらくあと何年か経てば、脳内の幸せを感じる部分に刺激を与えるだけで、誰もが幸せを感じる時代が来ると思う。
脳内の恋愛を感じる部分、生殖、食欲など不満な部分を満足できるような技術で、だれでも幸せになる時がくると思う。
そうなれば、肉体の不要な部分は要らない。
脳を維持できる部分だけあればいい。
夢の中で絶世の美女と次から次にセックスができて、人口増加も食い止められる。
寒いと感じる部分も調整次第で今が適温と感じるだろう。
行きたいところは空想で旅行もできて、まずい食事も最高に美味しく感じ、少量で満腹になれる。
争いも、全ての環境問題も一気にクリアできる。

このままなら確実にそうなっていく未来に、あなたはどう思う?

人の名前と顔が覚えられない。

ちょっと前に一緒に飲んで意気投合した様な人でも、別なシチュエーションで会うと 「どこかで逢ったような・・・」 と思い出せない。
合宿で3日間も一緒に過ごした子どもも親も、素敵だなと年甲斐もなく恋心が芽生えてしまいそうな美人でも、向こうから声をかけて来ても 「お久しぶりです。」 と言われて、「どうもどうも」と言うだけでその先の言葉が出てこない。
数時間たって、「あんなに逢いたがってた人なのに、なんで!?」と悲しくなる。
ひどいときは全く別の人と勘違いして話していて、だんだんと話がかみ合わなくなってくる。
それに気がつき出してから違うという確信が起こってくると、後はどう取りつくろうか、とてもスリリングな辻褄合わせの世界となる。

こういう症状が最近起こったかというとそう言うわけではなく、10代の頃からすでにそう言う傾向にあり、緩やかにその度合いを増している。
記憶力が弱いかというと、場合によって誰にも負けない部分があったりする。
音楽の形式、曲の和音、人がどんなパートをやっているか、演目の段取り、つまり音楽に関する部分は強い。
あと、一度走った道は結構忘れない。
土地勘がよい事もあるが、旅に行って何処で何を食べたかかなり詳しく覚えている。
味も良く覚えている方だ。
恐らくそれらは平均点を大きく上回っているだろうに、名前と顔は全くだめだ。

もう一つ障害と言える部分がある。言葉が聞き取れない事だ。
早ければ早いほど聞き取れなくなってしまい、音の響きとしてしか聞こえなくなってしまう。
うちの奥さんの行っている事も70%くらいしか解らず、後は聞き直すか、間違った解釈をするかどちらかである。
人と話していると、会話が弾むとここまで聞き直す事が出来ず、30%も頭に入力できていなかったりする。
いままで僕と話したり、酒を飲んだり、意気投合したと感じたりした人がいると思うが、正直に言おう。
多くの場合話を半分しか理解していない。
しかも次にあったときにその人が誰かを思い出すのに多くの時間を費やす。
最近同窓会で誰に逢った。息子が何処の大学に行った。
猫の何とかちゃんが子どもを産んだ。
そんな会話の半分は耳に入っていないのだ。
申し訳ないがそんな奴なのである。
名前がちゃんと聞き取れず、名前の聞き違いからとんでもない人と勝手に結びつけてしまう事もある。
自分にとってはわずかな手がかりなのだが、それを聞き逃すまいとするため、勝手な解釈を産みとんでもない荒唐無稽な話がでっちあがる。

実名を上げて例を出せないのが残念だ。
つまり顔を忘れる、名前を忘れる、言葉が聞けないという、スタンダードな人間の感覚がまったく機能していないのだ。
記憶だけの問題なら解りやすいのだが、これは人間として病気の域だと思う。

うちの奥さんや息子は全く正反対だ。
名前を間違え無いどころか、飼っている猫や子どもの名前、時には会話に出てきた猫のかかった病院の名前まで思い出す。
奥さんは疲れて目をつぶっていても知っている役者ならテレビでしゃべっている声だけでほぼ全て解る。
息子も数年前に泊まったホテルの電話番号で覚えていることもある。
これはこれで異常な人間である事には違いない。
こんな希薄な記憶の自分でも、自分の曲を作った事は忘れていながら、曲の頭を思い出すと、だいたい正確にどういう音構造か思い出せる。
これだけが救いだ。 これが解らなくなったらきっと自分というものが崩壊するかも知れない。

はやく介護老人になった方が良いかも知れない。
それを聞いてうちの奥さんが言う。
「誰が面倒見るのよ?」

悲しいくらいに 人は人としての体をなさずして死んでゆく
最初からそれが人の軌道なのか?
その無限の可能性の中の微塵も掴めずに
生まれた時は誰もがメシアのよう
一本の光がいずれ宇宙全てを照らすかのように
ただ多くは巨大な川の流れの中に飲み込まれ
どこへ消えたか解らなくなってしまう

肉体的な野望を果たすには
このちいさな星の中ではせま過ぎる
ぶつからないためにみんな小さく生きる
心まで、小さく小さく生きようとする
音を止め、僅かな光の中で目を凝らすと
今まで見えていなかった覗き窓が目の前に現われる
そこからは「離見の見」の如く、流れの中の自分が見える
なんと微小な存在 生まれてくるまでは少なくとも3億の中の優勝者 努力したかは解らない。

だたそこに至る意志は並のものではなかった
生まれてからもそのエネルギーがあるなら
ありとあらゆる手だてを考え、今を生き抜こうとするだろう
人の能力の差は人の身長の差ほどしかない
元々の走る力は100メートル金メダリストと倍もかけ離れていない
誰もがアインシュタインの倍も考えれば、及ばずともそれに近い所へ行ける
仮に五体に欠落部分があっても、それ以外に出てくる芽の力は計り知れない
多くは毎日毎日、その日を生きるのが大変過ぎて
食住を得る事だけに固執して生きてしまう事が多い
多量の食料が捨てられている訳だから、そんなに大変な時代ではないのに

毎日多量の餓死者を産む国もあるというのに
もともと何もない所に運良く手に入れた命だから
必死に生きた結果、どんな運命が待ち受けていようと恐れる事はない
人としての思考や肉体を得れたのだから
それを隅々まで活用できない事がもったいない、それが恐ろしい

知らない事がまだまだ無限に有る 毎日毎日同じ道ばかり歩いていては発見が少ない
まずは音の出るものを消し、静寂の中に身を置き 自分の覗き窓が現われるのを待ってみよう
そんな環境から新たな進化した自分が生まれてくるかも知れない
名も無き小さな花で終わってしまって構わないのだが

人が他の多くの生命の犠牲の上に成り立っている以上、 夢や希望に満ちあふれ、次の生命のために光り輝いていたい

↑このページのトップヘ