Tessey Ueno's blog

古楽系弦楽器を演奏する上野哲生のブログ。 近況や音楽の話だけでなく、政治や趣味の話題まで、極めて個人的なブログ。

タグ:らくりん座



作詞:広島友好 作曲:上野哲生 仮歌:上野律子 上野哲生 他 プサルテリー演奏:Tessey Ueno 日本遺産演劇「那須野が原に華ひらく」について 作:広島友好 演出:鈴木龍男 音楽:上野哲生 出演:劇団らくりん座 他 夢と希望を胸に、広大な那須野が原の開拓に挑んだ華族たちの情熱的なストーリーを、劇団らくりん座がお届けします。 日本遺産に認定されている那須野が原の歴史を、演劇で楽しく体験。 家族で楽しめる内容となっていますので、この機会にぜひお子さんと一緒に劇場へお越しください! <あらすじ> 現代の12歳の少年つくるは、日本遺産をテーマにした学校新聞づくりに気乗りしなかった。 ある日、シカの精霊ナスシカに導かれ、明治時代の那須野が原へ。 そこで松方正義や西郷従道、青木周蔵達開拓者に出会い、つくるは“土地に生きる”ことの大切さを知っていく。 日時:令和8年2月14日(土曜日)開場13時~/開演14時~(90分・休憩あり) 場所:大正堂くろいそみるひぃホール(黒磯文化会館 大ホール) 入場料:無料(要お申込み) お問い合せ:那須塩原市 教育部 生涯学習課 Tel:0287-37-5419 https://www.city.nasushiobara.tochigi... <チケットお申込みフォーム>https://docs.google.com/forms/d/e/1FA... この歌は音楽担当の上野が、演劇と共に心に残る歌を残したいと、作者の広島氏に頼んで書下ろしてもらった挿入歌で、この劇のイメージソングでもあります。実際の歌の録音には栃木県の子どもたちに歌ってもらう予定です。 この映像の歌はいずれその子たちの声に変っていくことになります。 もしこの歌が気に入って頂けたら、ぜひこの演劇を観に来て、一緒に歌って下さい。そしてこの劇と共にいつまでも多くの人の心に残ってもらえる事を夢みて。 

今日、らくりん座から訃報を受けました。
ここ15年くらいらくりん座で殆どの仕事を一緒にしてきました。
印南演出は人間の気持ちの受け渡しの必然的な反応、それが積み重なり人間の営みの面白さが伝わってくる。気を衒わず面白い芝居を自然に構築していく、その基盤となる人間観察がいつも成る程と納得させられていました。
いつも音楽を気にいってくださって、ほぼこちらの意見ややり方を尊重して頂き、多くの良い作品を作る事が出来る事が出来ました。

あんなにらくりん座やなすので動画や写真をいっぱい撮ったのに、印南さんの写真がほとんど無いのでがっかりしました。これはらくりん座のfacebook等から借りました。
でも印南さんの生きた軌跡は東京芸術座やらくりん座、劇団なすの、それらの中にしっかり見ることができるでしょう。
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印南さんの演出はそれぞれ違ったものや生き方を大事にしている人と人とがぶつかり、そこでどうしても表に出せない気持ち、我慢、ジレンマ、そんなどこにでもありそうなリアルな絡み合いを描くことで自然と人間の面白味が浮き出て来ます。奇を衒った事はしなくても、ちゃんとそれぞれがその立場を表す事が出来れば、ひとりの脇役だってその中で面白味の一端を担っていると思います。
印南さんはそれをさらに一人一人掘り下げてリアリティを気づかせて行く。自らも役者の心にズケズケと入って行き、小さな「個」の感覚で演技している状態を掻き回す。本当にそのものになったら何を感じるか?時には弄り、セクハラギリギリのところまで心の中まで引っ掻き回します。まさに人と人とはここまで曝け出しながら徹底的に関わってやりとりしながら生きているんだと、つまりはそれが演劇なんだと・・・。
僕はいつもそれが印南さんの面白さだと思うし、演劇の面白さだと思います。
今はもうその姿を見ることは叶わないけれど、彼の演出作品の中に全てがちゃんと残っているのです。
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僕が知る限りの、らくりん座の「あらしのよるに」「いっしょにいこうよ」劇団なすのの「那須野の大地」はぜひ印南さんの体温の残っているうちに観て欲しいと思います。
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今年のらくりん座の演劇「あらしのよるに」の音楽を担当しました。

らくりん座からいつも様々な芝居の台本を渡され、劇を観る前にいろんな空想をします。
今回「あらしのよるに」は、オオカミとひつじの境遇の違う友情がまるでまあ現代版の落語か夫婦漫才のような楽しさで描かれています。実際にオオカミの言葉も「あっしは・・・やんすね」なんて喋るし。
その中に友情、生命、大自然など、地平線の見える程のとてつもなく壮大な背景の中で友情が小さな存在ではなく、まるでラストの大きな月のように美しく素敵に浮びました。
そのイメージを元に音楽は、大自然を表す壮大な管弦楽から、ズームインして二人の世界のまるで箱琴を爪弾くような小さな世界まで、とても幅の広い音作りになりました。テーマ曲のメロディが印象に残ってくれたら良いなと思っています。

僕がらくりん座の音楽を担当してから、もう40年くらいになるかと思います。昔の一座を知る最も古い人間の一人かも知れません。らくりん座の芝居の楽しさのツボは昔も今も変らず押えられています。僕の音楽もその一端を担っていることが誇りであります。

音楽を中心としたプロモを作りました。



らくりん座の浅野昤子先生が急性白血病で26日に亡くなられました。享年88歳。

普通なら大往生と言って良い歳かも知れませんが、まだまだ演劇においてやりたいことが山ほどあったに違いありません。娘にまで「ミチル」という名を付けるほど「青い鳥」が好きで、上演を夢見て幾度か企画を立てましたが、荒木昭夫氏作の台本と、上野作の挿入歌を何曲か残して旅立たれてしまいました。


昤子先生は80年以上、演劇の中の世界で「青い鳥」を探していたのでしょう。恐らく「青い鳥」は見つからなかったのでしょう。やがては「未来の国」の子どもたちに混じり「母の愛の歌」に送られて、またこの地球に「青い鳥」を探しに戻ってくるに違いありません。

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僕にとって昤子先生の凄いところを一つ挙げると、若干24歳の若き拙を一回逢っただけでらくりん座の音楽家に起用して、それ以降ほぼ全ての音楽を任せてしまったことです。僕などはまだ世間的に見れば大物ではありませんが、脚本から演出家、舞台、振付と本当に一流の、しかもこの那須野の地に逢った人を引っ張り込んでくるのです。若い団員たちにとって最高の環境を常に保ち続けたのです。

らくりん座にお線香をあげた翌日、現在小学校巡回中の「おこんじょうるり」(さねとうあきら作)を観に行きました。

なんとも感動しました。色んな事があったからかも知れませんが、生きものに対する愛情、心のふれあい、そういった要素が良く伝わるあたたかい舞台でした。三味線もなかなか様になってきました。音楽は変えた方が良いかなと言う部分が幾つかありました(反省!!)。

ここの学校は200人ちょっと。前回見たときは100人に満たない小学校でも、団員8名くらいで毎回3~4時間仕込にかけ、徹底した照明・音響・舞台装置を組み、1時間の公演の後、2時間のバラシがあり、生徒たちの送り出しの最後まで気を抜かない徹底した心意気があります。

50名の公演でもこの姿勢は変わりません。一般的に考えればリスクが大きすぎると思うでしょう。

この精神は昤子先生がいらしたからこそ受け継がれてきた者だと思っています。らくりん座は「日本教育演劇道場」という結構硬いイメージの正式名称がありますが、教育と言っても「教科書」的に叩き込むのではなく、演劇を通じて人に対する思いやりや真心を、そして自分の体験し得ない世界を自然に学んでいくという意味が込められていると思います。

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浅野昤子先生の告別式の詳細です

通夜 11/3() 午後7時~

葬儀告別式  11/4() 正午~

会場 セレモニーホールとちのき会館(那須塩原市下永田1-983

 0287-39-1155

喪主 古賀みちる

共催(財)日本教育演劇道場・劇団らくりん座

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