最近のネットの傾向だが、欧米諸国に違わず、「分断」が進んでいる。
単に意見が違い、そこを話し合い解決できる状態なら解るのだが、ほぼ誹謗中傷のなすり合いだ。
ちょっと前までは右傾化側の外国人排除、それに対するヘイト、論理的でない中傷が目立っていたが、最近では左傾化側の誹謗中傷も激しくなって来ている。
石破茂の進退問題。神戸市伊東市市長問題。外国人受入れ問題。夫婦別姓、女系天皇、マイナン問題、高市早苗総理問題、日本人ファースト問題。
南京虐殺、従軍慰安婦、台湾問題、戦争責任、憲法改正、靖国参拝、ロシアウクライナ戦争、パレスチナ国家承認、原発問題、分断している事はまだまだある。
もちろんアドバンテージが傾いている事柄もあるが、車の事故だって100%片方だけが悪いと言う事にはならない。
起こってしまった出来事は全てが微妙なバランスで、責任や価値観、正義は揺れ動くものだ。
だからこそ冷静に話し合えば良いのだが、一度分断が起きてしまうと互いの顔が見えない程の壁を作ってしまい、ヤジの飛ばし合いになる。特にネットの多くは顔が見えていない。
右傾も左傾も近頃はバカだウザい、だけでなく「気持ち悪い」「あいつは〇〇生まれだ」などと容姿や出生まで中傷しだす。「お前のかーちゃんでべそ」的なレベルの差別だ。
僕自身を例にとると、例えば「戦争」について。
もちろん戦争は武器を持つことすら反対だし、日本の責任は大いにあると思っているが、日本の前の戦争が100%軍部や政府の責任かと言うと、原因はそれだけでは無いと思っている。
米国のシナリオ、アジア情勢、加えて国民世論が根底にある。結局は真珠湾開戦を始動するのも分断から起きている。
綿密な議論と推論をすり合わせた結果では無い。問答無用が結局戦争を導くと思っている。
加えて空襲や原爆まで落されて、100%責任を負わされるのもどうも納得が行かない。ただ80年前に過ぎてしまったことは限られた証拠しかなく、証言も視点によって180度違う事もあるし、全て推測の域を出ない。
物事には是が非かだけでなく「中庸」と言う観念がある。釈迦は「二辺を避けよ」と、「極端は良くない」と言ってる。つまり、YES、No、の対立で割りきる感覚でなく、「中庸」を知っていたからだと思っている。論語やアリストテレスには出てくるが、YES、No、ではっきりしている西洋人には分かりにくい感覚だ。(釈迦は「中道」と言う概念で、「中庸」とは少し意味が違うが、ここでは同じ方向と考えたい)
まず最初に結論を決めてしまうのではなく、こっちだろうなと思いつつ、反対側を覗いて見る必要がある。互いに考えている事の本質が解らなければ、極端に走り、トドのつまりはヘイトか暴力で解決しようとしてしまう。これこそ戦争の始りだ。
この辺りは中庸を知る東洋人であるなら、右も左ももう少し考えてほしいものだが…。